058. 旧都
気候こそ温暖なものの、繁茂する樹木や、葉の大きい草は密林そのものだ。
盾斬りで適当に草を切り払いながら、蒼一は先へと進んで行く。
「特に目印は無いが、道はこれでいいのか?」
「目印は有りマスヨ」
ロウに言わせると、木はデタラメに生えている訳ではないらしい。彼の頭の中では、旧都の中心地の区画が再現されていた。
かつて石畳があった場所には、あまり木が生えておらず、街路の道筋を辛うじて判別できると言う。
「家や建物は、なんで残ってないんだ。さっきの工場みたいなやつとかさ」
魔物と植物で崩されたにしろ、痕跡が少ない。
「旧都の建物は、ほとんどが木造デス。石組みされたノハ、魔力を扱う施設ト――」
蒼一たちの会話は、急に開けた光景に途切れた。
大きく広がる王国の旧中心地。草は生い茂っていても、大樹は少なく、石造りの建造物もほぼその形を留めている。
「……ここが王城デス。広場も城も、全て石で出来てイマシタ」
「うーん……どう思う、雪?」
「キモイ」
城跡は全域が蜘蛛の巣で覆い尽くされ、黒い魔物があちこちに確認できた。
複数の大蜘蛛が根城にする地に、近付きたい者は少ないだろう。
「帰ろうか」
「賛成」
「チョット待ってクダサイ!」
蜘蛛を見てゲンナリする蒼一たちを、ロウがやけに熱心に説得する。
「ワタシは勇者サマのお役に立ちたいのデス」
「うん、立ってる。帰ろ」
「ココには手掛かりが有るかもシレマセン!」
「ほう。帰りは別の道から行こうか」
「勇者サマの世界への手掛かりデス!」
蒼一は盾を降ろし、人形に変形したロウと向き合う。
「なんでそう思うの?」
「勘デス!」
「それがロボの言うセリフかよ。頭の中で鉛筆でも転がしてんのか?」
「モウ充分転がりマシタ」
ロウに詳しく説明させると、彼の言い分にも多少の根拠はあった。
旧城には記録室があり、そこに王国の歴史や、三代目までの勇者の偉業を刻んだ石碑が置かれているらしい。
「ワタシのコトも書いたと、教えられマシタ」
「石碑じゃ放置されてるだろうって推測か。まあ、運ばないだろうなあ」
「ワタシの記述は、三行らしいデス」
「ただ、それが帰還のヒントになるかは、微妙だぞ?」
「ワタシの誕生秘話ってところデショウカ」
蒼一はロウに顔を近付ける。
「お前、自慢したいだけじゃないだろうな?」
「
この十八代に亘る勇者の系譜、その最初の三代については興味深い情報だ。
何も障害がなければ寄り道も構わないが、その障害が大きい。
「こんだけの蜘蛛の巣、氷室じゃ間に合わねえ」
「……焼きましょうか、パーッと。ナグサの森みたいに」
「ああ、あったなあ。そんな森も」
勇者一行による旧都焼却作戦は、こうやって開始されたのだった。
◇
まずは、発火点となる燃焼物の作成からだ。フリーズドライ勇者には、何と言うこともない簡単な作業である。
メイリが蒼一の指示を仰ぐと、彼は黒剣を抜きつつ答えた。
「葉っぱが楽でいい。大量に欲しいな」
「どこに集めるの?」
「剣に聞こう」
勇者のスキルは、女神の膨大な魔力に裏打ちされたものだ。
その力を、更に増強させるものがある。
「
大地に溜まった霊力は、魔法にとってはガソリンと同じで、スキル効果の激化が期待できた。
手近な霊脈溜まりを探し当て、そこを葉の集積所とする。ちょうど蜘蛛の巣の五十メートルくらい手前に存在し、木々に隠れていて都合がいい。
メイリたちが葉を拾い集める間に、蒼一はそれを延焼させる方法を考えていた。
彼にラバルのような火炎魔法は使えないため、燃える葉を飛び火させたい。
焚火数十回分の葉や枝を地面に盛ったところで、そろそろ終わっていいかと、雪が尋ねる。
「この近くのは、ほとんど拾いましたよ」
「まだだ、全然足りない」
彼の要求量は、そんな生易しいものではなかった。
結局、昼下がりまで葉の収集は続き、枯れ葉の山は小さな建物程度を越える
その堆葉を、蒼一はひたすら凍結乾燥させ、水気を失った葉を竜とロウが砕いた。乱暴に踏みしだかれ、葉はパサついた粉の可燃物と化す。
「よし、これでいいだろう」
「結構な労働量でした」
疲れはしなくても、汗はかく。
雪の顎からは
「メイリは薬を飲んどけ。ここから本番だ」
「うん。クモ退治だね!」
「危ないから、みんなは少し下がっててくれ」
障害物となりそうな樹木を、盾の斬撃で倒す。
騒々しい伐採音に、蜘蛛の何体かが蒼一たちへ頭を向けた。
「一気に行くぞ、脈破!」
霊力が噴き出し、光と葉の粉を撒き散らす。彼は両手を突き出し、空中の粉塵に着火した。
「炊事っ!」
急加熱された点火した葉の粉に、爆発的に炎が広がる。
霊力で無理やり引き起こしたフラッシュオーバー現象へ、勇者は最後のスキルを叩き込んだ。
鞘の留め金を外し、黒剣を抜くと、彼は幾度も空を切り裂く。
「木枯らしっ、木枯らし、木枯らし!」
蜘蛛の根城に突き進んで行く火炎の渦。竜巻の規模も強化され、つむじ風と言える大きさはとっくに超えていた。
目の前の火種が消えるまで、彼は木枯らしを放ち続け、最終的に十本余の火柱が巣に到達する。
ギーッ、ギギーッ!
気味の悪い虫の悲鳴が、旧都に響いた。
「蜘蛛も鳴くんだな」
「これはいい燃えっぷりですねえ。蜘蛛さん、死ね」
「そこまで嫌いか」
巣の火を消そうとして、逆に火だるまになる蜘蛛。
諦めて逃げ出す蜘蛛。
そして、彼らの住み処を奪った者へ、怒りの矛先を向ける蜘蛛。
「二匹こっちに来る、雪も前へ出ろ!」
「イヤです!」
「……来てよ。手が足りん!」
彼は剣を鞘に戻し、スキル発動に備えて右手を空ける。
雪も渋々、蒼一の横に立った。
「鎌鼠で削る。後ろのメイリが襲われないように、ここで適当にマジカれ」
「ボウガン」
「え?」
「ボウガン貸してください」
近接戦を嫌がった女神は、彼の持つボウガンと矢を要求した。仕方なく、蒼一は矢帯と武器を彼女に手渡す。
「無駄使いすんなよ」
「回収すれば減りません」
「誰が回収するんだよ。ロウか」
「ドウシテ?」
蜘蛛糸さえ気を付ければ、大蜘蛛もそこまで強敵ではない。
その粘着性の糸も、低温で剥がせることは判明していた。
「氷室っ!」
糸を防ぎたければ、最初から全開で冷やせばいい。
冷気を身に纏い、蒼一は迫る蜘蛛に走り寄る。
「ギギッ!」
「鎌鼠っ」
蜘蛛の吐いた粘糸が彼の足を
「
鼠と粘着を陽動に使い、蒼一は蜘蛛の腹下にスライディングする。ここが魔物の最大の弱点であり、安全地帯だ。
「行くぜ、寝ながら乱れ鞘打ちっ!」
素早く鞘を抜いた彼は、仰向けのまま高速乱打を繰り出した。
グシャッ、グシャッ!
柔らかい腹部は、スキルの強打を受けて一溜まりもなく弾け破れる。
悪臭を放つ体液が、シャワーのように噴出すると同時に、蜘蛛が断末魔の怪音を発した。
ゲル状の物質をたっぷりと浴び、彼は技の選択を後悔する。
「ど、毒反転!」
崩れ伏せる腹が、蒼一にのしかかる。魔物の体内毒は、ダメージどころか上質の回復薬として働いたものの、臭いまでは消し去れない。
汚物まみれで這い出た彼へ、二匹目の追撃が襲った。
「鞘合わせっ!」
大蜘蛛の前脚を、勇者の鞘が的確に打ち落とす。
体勢を崩した魔物を狙って、雪が援護を繰り出した。
「マジカルボウガンッ!」
魔弾が、八つの目を次々と貫く。
「そんな撃たんでいい、二発目くらいで死んでる!」
「クモジンの言うことは聞きません」
いくら何でも、十八発は撃ち過ぎだ。
「ロウ、頼む。矢を回収して来てくれ」
「クモ人形になれト……」
「鼻が付いてないのは、お前だけなんだよ」
魔傀儡が蜘蛛の死骸の中で奮闘する間も、火は燃え広がり、旧城周りは灼熱地獄と化す。
氷室の効果範囲に入るように、メイリとマーくんも蒼一たちの近くへ呼び寄せた。
「鎮火を待たずに、このまま城内に駆け込もう」
「ソウイチ、臭い」
「普通に凹むから、言い方を変えてくれ」
氷室の効果を最大にして、動く冷凍室が城門を目指す。
無気も併用すれば、道を遮る炎も鎮まり、彼らを止める物は存在しなかった。
前庭を走り抜け、池らしき跡を踏み越え、石のアーチを潜れば城門だ。
最後の関門は、やはり魔物。
城の入り口に巣を張った、黒い蜘蛛の雌だった。
「デカいけど、同種っぽいな……」
多数の雄蜘蛛を従える雌は、雄の数倍の体高を持つが、その本質は変わらない。
炎は城門内には届いておらず、城と門の間に、雌蜘蛛は無傷で鎮座していた。
「跳ねるっ」
巣にしがみつくなら、叩き落とすまで。
攻撃を当てるため跳躍した蒼一へ、雌蜘蛛は尻を向けて迎撃しようとする。
「させません!」
雪のボウガンが魔物を牽制した隙を突き、彼は落下中に鎌鼠を発動させた。
空中でも幻獣は問題無く生み出され、魔物の巣や脚に食らい付く。
「おら、食い散らかせ!」
巣糸を切られて足場を崩された蜘蛛は、壁を伝って地面に降り、無理に反撃はせず、城を回り込むように裏へ走り出した。
城の脇に立つ監視塔、その前まで逃げた蜘蛛へ、また矢と鎌鼠が放たれる。
「親玉を逃がすか、鎌鼠っ!」
「マジカルアローッ!」
しかし、二人の攻撃は、虚空に無駄撃ちされてしまう。
「えっ」
「……消えましたよ?」
狐につままれた顔で、蒼一たちは魔物のいない空間を見つめた。前兆すら無く、いきなり消えた敵に、彼らは事態の把握に苦しむ。
雌蜘蛛の消失点まで近付き、その石で敷き詰められた地面を見た時、やっとその原因らしき物を発見する。
「魔法陣だ」
「魔物の召喚陣ですか?」
何度も見た陣に酷似していると雪は思ったが、その判断をメイリが否定した。
「逆紋様だよ。王国で見たのと正反対」
少女の言う通り、同じ紋様でも刻みが逆転している。意味する効果も、当然逆だと予想された。
「これが送信元か」
「少し発光してますね。これはこれで起動する仕組みですかねえ」
「送受信どっちも揃わないとダメなら、そうそう転移は起きないだろうな」
「こっち側の起動方法は?」
「……霊脈かな」
ここで推論を確かめることは出来ないが、彼の考えは正しい。
霊脈溜まりの発生が、起動力を産み、そのほぼ真上にある魔法陣を自動発動させていたのだった。
巨大な蜘蛛を送り出したことで、大量の霊力を消費し、魔法陣はまた唯の模様として沈黙する。
この仕組みを潰すべきか、残すべきか。
「分からない時は、とりあえず潰す」
「蒼一さんらしいけど、そのやり方は臭くなりますよ」
「もう勘弁してくれよ。自分でもツラいんだ」
彼は地面に手を当て、紋様に研磨を掛けた。
陣の一部が寸断され、その機能は失われる。
「城の中に入ろう」
「ゴ案内シマス」
歩き出した臭い傀儡の後について、蒼一たちは城内へと入って行った。
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