052. 怖い?

 ラバルは皆から一人外れ、いかにも被験者然として立たされている。

 そこから数メートル離れたところに蒼一。さらにその後ろに、女性陣三人が見守っていた。


「あの……ソウイチ殿」

「どうした。怖いか?」


 こう聞かれては、剣士が素直に頷くはずはない。


「いつでも来て下さい、何を恐れるものですか!」


 口を一文字に食いしばり、彼は来るであろう衝撃に備える。

 勇者の手にはダルス特製のボウガンが握られ、その銃口の先はラバルの腹の辺りだ。


「回復弾!」

「ぐっ!」


 発射されたボウガン用の短矢は、飛行途中で緑色の魔力に姿を変え、対象の身体に突き刺さる。

 衝撃はラバルを呻かせるが、彼に怪我は無く、それどころか体内を活力が駆け巡った。


「これはマルーズの回復魔法と同じ……」

「使えるみたいだな。さっさと取っとくべきだった」


 残弾数で制限されるものの、薬替わり使用できる遠距離回復スキル、回復弾。

 まともな他者回復が出来ない蒼一には、貴重な能力だった。


「よし、次はこれ。盾撃っ!」

「ちょっ、死ぬ!」


 シールドバッシュ。

 ダッシュ後にロウを叩き付ける攻撃は、最初からラバルの横に外れていたが、彼は必死の形相で回避する。


「殺す気ですか! 耐えられるわけないでしょ!」

「当てる気はねえよ。狙ったら発動しない」

「イチゲキヒッサツ」


 これらは振り直すことになっても、取得する値打ちのある能力だ。

 だが次々と試されるスキルには、微妙さに首を捻るものも多い。


「閃光盤!」

「ひっ!」


 盾による目くらましのフラッシュライト。

 月影と役割がダブる。


「閃光弾!」

「うわっ!」


 ボウガンによる目潰し。

 月影の劣化な上に、弾が勿体ない。


「閃光脚!」

「もうやめてっ!」


 脚を光らせる意味があるのか、多分に疑問だ。


「閃光シリーズ、多過ぎだろ。どんだけ光りたいんだ」

「全部使えば、悪目立ちできますよ」

「俺は誘蛾灯か」


 同種スキルシリーズは、風系能力でも繰り返された。

 風塵脚、空圧盤、つむじ弾。

 風圧で飛ばされたラバルは、その度に懸命に駆け戻る。


「俺は扇風機か」

「電化製品は、一通り制覇できそうですねえ」


 蒼一は最初に月影と地走りを得たため、撹乱系の能力増強は避けてきた。

 結果、その系統らしきスキルも色々と残っており、煙や霧が剣士を翻弄する。


かすみ斬り、霧煙弾、水煙華すいえんかっ!」

「加湿器、たまに欲しかったんです」


 エホエホむせながら、自身の役割にラバルが疑問を呈した。


「私が立ってる必要はあるのでしょうか?」

「お客様アンケートは大事だぞ。次でラストだ」


 その最後の剣スキルに、蒼一は少し期待する。

 派手な名前は、派手な効果が有って然るべきではないだろうか。

 黒剣「十八番」を構え、彼は獲物をめ付ける。


「いや、本気は止めましょう。死にますから、簡単に」

「行くぞ、ラバル」

「行かないで」

「“百花繚乱”っ!」


 その場で乱撃が始まると、剣筋から光の粉が舞い散った。

 色鮮やかなフルカラーの魔力光が、虹を砕いたように周囲に広がる。


「うわーっ、綺麗!」


 きらめく昼の花火に、メイリが目を輝かせた。


「よかったですね、蒼一さん。これはショボくないです」

「良かねえよ! 何に使うんだ、これ」

「クピーッ」


 葉竜や少女を喜ばせ、スキル実験の午前の部は終了。

 昼飯が済んでから、午後の部だ。


 体力を消耗したラバルのために、蒼一は回復弾を連射しようと提案したが、剣士は回復薬を所望する。

 効果は確認できたものの、どうにも回復弾に込められた殺気に身がすくむというのが、彼の感想だった。





 午後の彼らの実験は、困難を極めた。

 ある程度、予想が出来たスキルの多かった午前と違い、発動条件や対象すら分からないものが目白押しだ。


 蒼一がスキル名を叫ぶ度に、皆で変化を探る時間が取られ、試行ペースは大幅に落ちた。

 風が起こったり、体重が増えたりといった分かりやすさは、もう期待できない。


「“分離”が回復ってどういうことなんだ」

「蒼一さんを殴っても、特に変わったことはないですし」

「ロッド使うことはないと思う」


 この蒼一の疑問にヒントが与えられたのは、防御スキルの残りを試していた時だった。


「“交換”か……あっ」

「何か分かりました?」


 何かを察した彼が、雪に攻撃を指示する。


「俺を軽く殴ってくれ」

「えいっ!」

「イタッ! はえーよ!」


 蒼一は背中に手を回し、ロッドで強打された場所をさする。


「あのな、俺がスキル使ってからやれ。ロッドは使うな。軽くだ」

「はーい」


 この半笑いの彼女の顔には、彼も幾度か相見あいまみえてきた。

 他人をおちょくる時の顔だ。

 しかし、この時ばかりは、雪も真面目に取り組むべきだった。


「交換っ」

「えーいっ!」


 バシーンッ!


 女神のマジカルロッドが、蒼一の尻をジャストヒットする。

 景気のいい打撃音と共に悶絶したのは、彼ではなく、雪だった。


「ひぃっ、い、痛い……」

「だから言わんこっちゃない」


 地面に転がる彼女へ、回復弾が撃ち込まれる。


「ふー、ふーっ。あっ、効いて来ました」

「お前、頭いい癖に、たまに考え無しになるな」

「どういうことだったんです、これ?」


 事前に蒼一が予想したスキル能力は、正解と考えていいだろう。

 “交換”は、勇者と女神のダメージ配分を逆転するものだ。

 つまり、普段は蒼一が受ける二人分のダメージが、交換中は雪に向かうことになる。


「とするとだな。“分離”も予測できる」

「あー。私を見捨てる能力ですね」

「人聞きが悪いけど、まあ合ってる」


 体力と魔力がリンクした二人を、一時的に切り離すのが“分離”。

 スキルを使えば女神への攻撃を肩代わりする者が消え、本来の体力配分に戻る。

 雪の受けたダメージで、蒼一が瀕死になった状態からなら、彼から見れば確かにこれは回復手段だ。


「どっちも私からすると、酷い効果です」

「万一ってこともあるからな。全くの無駄スキルでもない」


 この二つのスキルは、効果が判明した貴重な例で、大半は謎のままに終わる。

 移動能力にも、まだ取れるものは多く、“暴走”、“脈応”、“精霊還”と、妙な名前が並んでいた。

 全力遁走、霊鎖に続いて、もう一つ新たに選んだのは、“脈応”だ。

 一体どこに移動するのか。


「頼むから、収拾の付く範囲で飛んでくれよ……脈応!」


 皆の前から掻き消えた蒼一を、雪たちはのんびりと雑談しながら待つ。

 彼が息を荒らして再び現れたのは、それから半刻以上も経った頃だった。


「遠過ぎだ。やめときゃよかった」

「どこへ行くか、分かりました?」

「ああ、陽炎かげろうの移動版だわ。霊力溜まりに飛ぶらしい」


 こうなると、仮に振り直せるとしても、移動系の能力は試し取りを躊躇ためらってしまう。

 同種族探知がなければ、仲間の元に帰れるかも怪しかった。


「この探知系もおかしいんだよな……」

「カエルと自己も試したんですか?」

「この小川の北に、カエルが何匹かいるぞ。だから何だ」


 自己探知は反応がなく、意味不明なスキルの筆頭だ。

 徒労感にさいなまれつつ、彼は午後の部を締めにかかった。


「結構調べられたな。そろそろ晩飯の準備をしよう」

「一つ、抜かしましたね?」

「晩飯の準備をしよう」


 強引にスルーしようとする蒼一を、雪は許さない。


「せっかく選んだんです。調べてください」

「バカかお前、こんなスキル選ぶなよ。俺に死んで欲しいのか!」

「さっさと腹を切りましょう。ひと思いに」


 スキル“切腹”、これが回復系だと言うのだから、噴飯物だ。


「治療は回復弾で納得した。腹をかっ捌いて得る物は無い」

「怖いんですか?」

「平然とけしかけるオマエが怖いわっ!」


 やる気ゼロの蒼一に構わず、マルーズは回復魔法用の杖を、メイリは回復薬を取り出して備える。


「なんで俺がやる前提なんだよ……」

「ソウイチ、ユキさんには甘いもん」


 しばらく押し問答を繰り返した後、彼は渋々、十八・五番を抜いた。立ったまま短剣を逆手に持ち、切っ先を自身の腹へ向ける。


「ソウイチ殿、介錯は私が」

「すんな。何でラバルが切腹作法に詳しいんだ」


 なかなか踏ん切りが付かない勇者に業を煮やし、雪から応援のコールが掛かった。


「ほらっ、スパッとやりましょ。ハーラッ! キーリッ!」

「クーピッ、クーピッ!」


 何やら楽しい雰囲気に、葉竜も期待の目で蒼一を見つめる。


「ハーラッ!」

「クーピッ!」

「キーリッ!」

「クピクピッ!」

「ああ、くそっ! ハラキリッ、違う、切腹!」


 彼の意志に逆らい、短剣が腹に刺し込まれると、鮮血がボタボタと地に零れ落ちた。

 “切腹”と名付けられてはいるが、剣を横に引くようなことはせず、ただ腹部を貫くだけだ。

 目の当たりにした単なる自殺行為に、慌ててメイリとマルーズが回復を施す。


「マジ……カルに……死ぬ……」

「この者を癒せ、回復の波動!」

「ソウイチッ、薬だよ!」


 自傷スキル“切腹”、その効果対象は女神に現れた。


「お、おお? 何か元気が出ます。いい感じ!」

「……そういうアレか……これ」


 勇者の生命力を奪い、強制的に女神に与えるのが、この能力である。

 どういう加減か女神だけが死に瀕した際には、使う選択も有り得るだろう。


「さて、スッキリしましたし、今度こそ御飯にしましょう」

「ちょっと待って……割と本気でキツイ……」


 貧血でふらつく蒼一に雪が肩を貸し、回復歩行で復帰を図る。

 焚き火の回りを数周歩くことで、彼もやっと一息付いた。


「じゃあ、ラバルさんが獲ったウサギのキモは、蒼一さんに回しますね」

「あ、ああ……」


 好意なんだろうと思いつつも、彼は微妙な顔で調理を始める雪を眺める。

 その蒼一の傍らに腰を下ろしたのは、やや緊張した感のあるマルーズだ。


「あの! ……これを受け取ってください」


 挿しだされた小さな木箱には、飾りの紐が丁寧に結ばれている。


「これって……」


 箱を開けた彼は、これで二つ目となる婚約指輪を黙って摘み上げた。


「婚約好きとお聞きしましたので! 急いでダッハで購入したんです」

「いや、あのさあ。マルーズは、ラバルと付き合ってるんじゃないの?」

「まさかっ? ラバルには妻がいますよ」

「はあ!?」


 二人は目的を同じくするだけで、交際など考えたこともないと言う。

 ラバルの行動は、妻帯者としてどうなんだと、蒼一は後でメイリに教えることにした。少女なら、適当に説教することだろう。


「でも、婚約て……そんなんでいいの?」

「いいんです。どうせ浮いた話なんて無いですし」


 彼女の用意した婚約指輪も、魔力を流し合う絆の指輪だ。

 ただ、彼が嵌めても、メイリの時ほどの強いリンクは感じられなかった。


「……弱いな」

「魔力の流れが? 通常より強いと思うのですが……私も婚約は初めてだけど」


 マルーズは、婚約の持つ意味を深くは考えていない。勇者と何か繋がりが持ちたかったところに、婚約好きと聞き、これ幸いと指輪を用意したのだ。

 仲間の印といった認識で、結果としてメイリと捉え方は似ていた。


「まあ、いいや。メシ食おうぜ」

「はいっ!」


 ウサギの焼き肝は、雪の調味料のおかげで案外にも美味かった。

 ラバルも食べたがったが、メイリの説教が長引き、肝を所望する機会は無かったのだった。

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