051. ギャンブラー

 ダッハの街は、四方を荒れ地に囲まれ、西には砂漠が続く。


「で、ここはどこなんだ?」

「草原デス」

「クピクピ」


 勇者の問い掛けに、答えてくれるのは人外の連中だけだ。

 ハルサキムから来た時にみた草原地帯とは、やや植生が違う。

 しばらく太陽や遠くに霞む山の位置を眺めていた蒼一は、遁走先に見当を付けた。


「真東だ。結果オーライだな」

「繰り返したら、東部に着きませんかねえ」

「ギャンブル過ぎる」


 せめて街道に出ようと、彼らはタブラを取り出し、探知に励んだ。


「相変わらず、熱探知は微妙、同種族も反応無し……」

「食品探知ですかねえ。食糧、置いて来ちゃったし」

「だな。ちゃんとギルド辺りが、荷物を保管しといてくれるといいけど」


 武器や携帯装備に加え、葉竜のおかげで、遁走してもそこそこ持ち出せた。ただ、食糧と水は馬車に積んだため、当座の食べ物が必要だ。


 蒼一は反応の無いタブラを手に持ち、草原を歩いて行く。

 ススキのような細い葉を茂らせる草むらからは、踏み分ける度に、穂についた綿毛が飛び散った。


「よく燃えそうな草だな、これ」

「無闇に火をつけないでくださいね」

「つけねえよ。まだ明るいじゃないか」


 燃やすよりは、跳躍で上空から眺める方が有益だろう。

 いざジャンプしようと身構えた彼は、タブラの端に現れた食品反応に気付いた。


「おっ、食い物だ……でもこれ、自立行動してるな」

「動いてるんですか?」

「ああ、割と速いぞ。出向かえよう」


 点は西から東へと直進している。

 蒼一たちとは軸がズレているので、上手く遭遇出来るように、彼らは南下を始めた。


「また食べられる魔物でしょうか」

「ユキさん、もう勝手に食べちゃダメだよ」


 しかし、いくらか進んだところで草地が途切れ、平坦な街道が出現したことで、点が魔物である可能性は減る。


「道は見つかったし、ここで待とう。ひょっとするかもしれん」


 雪とメイリは、これまでの旅を振り返り、お互いにクイズを出し合って暇を潰した。

 どうも雪の記憶力はかなり優秀で、メイリどころか蒼一ですら勝てるか怪しい。


「デスタのボウガン屋のオジサンは、何て名前でしょう?」

「……ホールソン?」

「それは鞘を作った親父だ。何て名だったかなあ……」


 雪はやや呆れた顔で彼を見る。


「ボウガン壊しといて、覚えてないんですか?」

「ボウガン壊したから、覚えてないんだ。忘れるに限る」


 解答を聞くこともせず、反撃とばかりに、蒼一は自分から出題した。


「俺のスキルで、まだ一回も使ってないのは何だ?」

「それ、私には答えられない」


 メイリが頬を膨らませる。


「お前用の問題じゃない。雪の記憶力に挑戦だ」

「うーん。一回だけ使ったのは、警戒睡眠でしたっけ」

「そう、あれ睡眠不足になるわ」

「使ったことないのは……あっ、確か移動系を探せって言われて――」


 彼女の答えは、全速で近付く馬車の音で遮られた。

 蒼一たちの姿を見つけて、大きな叫びが上がる。


「ソウイチ殿ーっ!」

「お待たせしましたーっ!」


 ラバルとマルーズは、勇者は東に向かうはずだと、王国の東部国境で待つ予定だった。

 途中の街道で出会えたのは、双方にとって幸運な偶然だ。

 御手柄の二人組に蒼一が手を振ると、マルーズも身を荷車から乗り出して応じた。


 再び楽な移動手段を手に入れた勇者一行は、馬車に乗り込み、魔術師から遁走後の状況説明を受ける。

 彼らの東行きは、そうすんなりとは果たせそうになかった。





 勇者を連行し損ねたドスランゼルは、タムレイらに挨拶もせず、北部統括地へ帰還した。

 慌ただしい彼らの様子からして、王都、さらには王国各地への連絡を急いだのは間違いないだろうと、ギルドでは分析している。


「国境には、王国の部隊が展開するでしょう。魔術師で固められると少し面倒です」

「面倒なんだ、君」

「わ、私は味方です! 面倒なわけないでしょ」


 蒼一節に乗せられ、マルーズの口調も大分と砕けてきた。

 彼女が勇者を慕う心情は、いささかも衰えていないものの、その捉え方は以前とは違う。

 かつては勇者を信仰の対象とまで見做していたものが、同じ人間と考えるようになった。

 もっとも、単なる人ではなく、崇拝すべき英雄ではあるが。


「俺の能力で、強行突破できそうにないのか?」

「国境障壁は強力ですし、妨害魔法も重ね掛けしてくるでしょうから……先刻使われた赤光の疾走なら、抜けるのは簡単です」

「あれは博打すぎる。最後の手段だ」


 彼女にしろ、雪にしろ、全力遁走は相当強力な能力に映るらしい。

 そう、強力なスキル、これも蒼一の頭を悩ませていた。

 馬車にあった干し貝を早速食べ出した雪へ、彼は以前からの疑問をぶつける。


「勇者のスキルだけどさ。どうにも納得できんのよ」

「愚痴ってもしょうがないです。十八番目ですから」

「……雪のリストにある幻獣スキル、一番強そうなのはどれだ?」


 女神の巻物を取り出し、今一度、彼女は一覧を確認した。


「“千刃竜せんじんりゅう”ですかね。一番ショボいのは“鎌鼠かまねずみ”」

「ショボい方は言わんでいい。凹む」


 蒼一も、トップにくるのは千刃竜だと思う。

 虎、鷹、蛇、馬など、地球でも馴染みのある生き物が並ぶ中、やはりドラゴンは強さで頭一つ飛び抜けている。


「何でその強力な幻獣を、十六番目が持ってたんだ。蛇や馬を先に取るか、普通」

「意外と蛇が強いのかもしれませんよ?」


 実際のスキルの威力は、使ってみなければ分からない。雪の言う通り、蛇が最強ってことも有り得る。

 その使って初めて分かる、これが次の疑問だ。


「なんで月影や陽炎かげろうがショボいと分かった?」

「剣が光ったり、プルプル震えたり、ショボいとしか言いようが」


 最早、勇者も女神も、遠慮無くショボいを連呼していた。

 今までコメントしなかったのは、雪なりの優しさだと知り、蒼一を寂寥感が襲う。


「……それは俺が使うのを見たから分かったんだろ?」

「そうですね。ショボかったです」

「俺が聞いたのは、なぜ歴代勇者は、そのスキルがショボいと知ってたのか、だ」


 月影、陽炎、地走り、どれも取得する前は強そうに感じた。名前は格好良いのだ。

 自分で使ってやっと、それらが補助スキルだと知る。


「確かに、不思議ですね……」

「思うんだけどさ、分かるんじゃね?」

「何をです?」

「スキルの内容だよ。事前に知る方法があるんだよ」


 雪もスキルリストの操作は、あれこれ試して来た。ダブルタップしてみたり、長押ししてみたり。

 だが、欲しいスキル名を押す、これ以外の行動に巻物が反応したことはなかった。


「そうは言っても、能力内容なんてどこにも……」

「振り直しだ」

「え?」

「スキルを取り直せるスキル、そんなのはないのか?」


 何かを思い出したのか、女神は巻物を繰り続け、リストの最後の方を指で追う。

 細かい字を流し読みして、彼女の目は上下に忙しく動いた。


「これかな。“撤回”、そうか“返却”。どっちもその他扱いで、最後の辺りに載ってます」


 どちらかが、振り直しだろうか。

 本当に能力を再構成できるなら、悩む必要は無く、どちらも試せばいい。ただ一つ、気になることがあるとすると――。


「振り直しに、デメリットはあるのかが問題だ」

「回数制限とかですか?」

「一回切りだと、試すに試せないな。後はなんだろ、再取得はしばらく待たないといけない、とか」


 揺られる馬車の中で、蒼一は珍しく長時間、腕を組んで悩み込む。彼の右手の人差し指が、トントンと左腕を叩いてリズムを取った。

 雪たちが待つのに飽き、雑談を始めた頃、徐に蒼一は口を開く。


「片っ端からスキルを取ろう。試しまくって、取り直しに賭ける」

「それでこそ蒼一さんです。ギャンブラー蒼一。賭け金のショボいギャンブラー」

「今日は辛辣だな、お前」


 国境を抜けるにも、東の大都市ラズレーズへ向かうにも、能力は充実させた方がいい。

 街道沿いの休憩ポイントは素通りし、夕刻まで馬を走らせて、彼らは野宿できそうな場所を探した。

 街道の監視員たちが、直ぐさま勇者を通報するとは限らないが、一応、接触は避けようという考えだ。


 脇道に逸れ、小川の辺に馬車を停めると、皆で手分けして寝床の構築に取り掛かる。

 暗くなる中の作業が続く傍らで、葉竜だけはさっさと身体を横たえて目を閉じていた。

 陽の光が差さない時間は、基本的には休息時間と決めているようだ。

 焚火を囲んで夕食が始まると、干し肉を片手に、雪が巻物を地面に広げる。


「何を取りますか? まだまだ候補は残ってますけど」

「どうせなら、効果の分からないやつにしよう。妙なのいっぱいあっただろ」


 とは言え、“にらむ”や“寝る”に手を出す気にもなれない。

 彼女がリストを黙読して選別する間、蒼一は唯一効果が未確認の既得スキルを使ってみることにした。


「とても移動系の能力名じゃねえよな……“霊鎖れいさ”っ」


 発動と同時に、彼の姿が瞬く。

 それだけだ。

 パチパチ爆ぜる焚木が、小川の流れる水音にアクセントを与えている。


「それが今まで使わなかった能力?」


 メイリが昼のクイズを思い出して尋ねる。


「正確には使いみちがなかった、だな。カナン山の後も使ってみたんだけどさ。何も起きないのよ」

「何回かやってみたら?」

「ん……霊鎖、霊鎖、霊鎖っ!」


 数回点滅した蒼一は、最後に数十センチだけ、一瞬で前に移動した。


「おおっ、動いたぞ!」

「ソウイチッ、こっちよ! ほら、もっと!」

「おうよ。霊鎖! 霊鎖っ!」


 手を叩く少女に合わせ、蒼一はブレるように立ち位置を変える。


「ハイッ、ハイッ!」

「霊鎖っ、霊鎖っ!」


 超短距離の瞬間移動で、少しずつメイリに近付くかと思われた彼は、途中で女神に軌道を曲げた。


「ハイッ!」

「霊鎖!」

「ソレッ!」

「霊鎖っ!」

「やめてくださいっ! 邪魔してるんですか!」


 雪の前でスキルによる反復横跳びを披露していた蒼一は、案の定、こっぴどく叱られる。


「だってさあ。チビっとしか移動しないんだもん」

「寝返り打つ代わりに使えばいいじゃないですか」

「メイリじゃあるまいし、寝ながら動きたくねえよ……」


 あまり雪を怒らせると、睨み寝る勇者が誕生する。

 すごすごと自分の場所に戻った彼に、マルーズが提案した。


「霊鎖のポーズを決めてはどうでしょう。人形化が楽です」

「ほんとにフィギュア好きなんだな」


 この日は、新スキルの相談だけに留め、実際の取得は翌朝、明るくなってからだ。

 実験の犠牲者は、主にラバルが担当した。

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