四日目、第二試合、後半

 ……探偵は考えた。


 今回、小細工は何も用意できなかった。強いて言えば、試合開始15分前に偶然見つけた購買のコッペパンぐらいである。


 そうなると、使える物は護身用のナイフ、ゴムボール、そして自身の口ぐらいである。


 護身用のナイフは論外だ。どう戦いを正当化して相手に切りかかろうとも、あの鳩っぽは相手の心の奥底にある悪意を見抜いてくる。それこそ、二日目の第五試合のように。


 ゴムボールの使い道も考える。……どう使えって言うんだ、コレ。野球でもしろというのだろうか。相手鳩だよ。


 結局、使えるのは自分の口ぐらいである。この小賢しい口先で相手を納得させて、穏便に飛び去って下さるしか、この試合に勝つ方法は無いだろう。


 ……なんだか急激に自分がみじめに感じられてきた。そもそもここまで戦ってこれたのは、死への恐怖、そして、のためである。


 一方、この鳩はどうだ。「平和」という壮大な物に壮大を塗り重ねたような目標を持っている。正直、今にもこの勝負を辞退して、彼(彼女?)には決勝戦に上がってもらい、平和への大きな大きな一歩を踏み出してもらいたい気持ちである。


 ああ、ダメだ。相手のペースに飲まれてはいけない。こっちだって一応、「平和を守る人」であるのには変わりのないはずだ。平和への一歩を踏み出せるのには変わらない。それが大きいか小さいかの違いはあるが。


 ……うん? 待てよ? そういえば、なぜ私は「死への恐怖」と戦っているんだ? 前の試合で私が一般人に与えた負けのように、死を伴わない負けを喫すればいいだけの話ではないのか?


 いや、そうだ!  私は、あの小憎たらしい性格をした「私の能力」に、死ぬことを予言されているではないか!


 しかも、アレはこうも言っていた。「死んだら蘇生してくれる」と。国語的な推理をだらだらと並べるのは格好が悪いので省略するが、つまりヒント中にある「私が死ぬこと」は、必ず蘇生される運命にある。つまり、試合中だ。


 そう、だが、今の状況はどうだ。


 鳩は、今ものんきに芝生を歩いている。この試合がまるで戦いではないかのように、優雅に、我が物顔に芝生を歩いている。


 一方、私はそれを視界に入れつつ、一人悶々と考えている。観客からのブーイングはまったくもって気にしていない。


 さて、今「中途半端な奴ー!」と言った観客は、後で殺人事件の被害者になっていただくとして、この状況。




 両者が何もしなければ、60分は優に経ちそうな状況である。




 60分が経過すれば、この試合は、この大会のルールに従って、引き分けになる。ブーイングと怒号の嵐が、容易に想像できる。


 だが、そうしたらどうだろう? 私は試合中に死ぬことが確定しているのに、その時点で大会は終わり、私は死ぬことは無い。せいぜい、観客にボコられるぐらいだろう。


 しかし、それでは蘇生しない。つまり、この試合が引き分けで終わることは、確実に無いという事である。


 そして、対戦相手。あの鳩は、こちらから攻撃しない限り、どこからどうみても鳩であり続けるのだ。


 私は、自分の意思で私を動かせる。私は、私だ。規格外の超次元的技術でもない限り、個人の思考と、簡単な行動の自由が奪われることは絶対に無い。


 つまり……


「私は何にもしなくても勝利が舞い込んでくる!」


 高らかに私はそう叫んだ。鳩がもたらす春の陽気に似た雰囲気に、観客たちはみな微睡んでいたが、その一声で全員の眠気は覚まされた。安眠妨害である。可哀相に。


 さて、そんな結論に至った私は、手元にナイフを取り出し、壁によりかかった。


 ナイフを取り出したのは、この春の陽気に似た雰囲気への対策である。自身を傷つけることによって、眠気から逃れようと考えたのだ。


-----------------第三者視点----------------


 それから、彼女は大体5分おきに自身の手をナイフで傷つけた。傍から見たらただのキチガイである。


 さて、そんな奇妙な空間が、30分ほどスタジアムを支配した。これは一体なんなのだろう。大勢の人間に見守られながら、白い鳩を中心に置き、一人の女が定期的に血を流す。


 ……完全に悪魔召還の儀式である。


 人々の間に、そんな想像が流れ始めた時、本当に悪魔召還の儀式であるかのように、ひときわ大きな、悪魔のような雄たけびが聞こえた。




「グルッグゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」




 その声に、全ての人間(鳩は例外である)が驚き、静止した。闘技場の真ん中で血を流す狂女も、その声にひどく驚いた様子である。


 その後、ドタドタという大きな足音らしき音が会場に響いた。その大きな足音はこちら……闘技場に向かって近づいてきているようであった。


 ほんわかした空気から一変。だれしもが、謎の緊張と恐怖に身を硬くしていた。


 そして、その足音は、闘技場に入ろうかという所で止まった。そしてしばらくの静寂が場を支配した後、ギーッっといった不快な機械音が鳴り響いた。アナウンスだ。





「……えー、観客席に、というか観客に影響を及ぼしたので、場外とみなし、毒梨林檎選手を失格とみなします」





 突如として告げられた試合の終了、そして、告げられた勝敗に、観客たちは驚くほかなかった。一体何が起きたというのか。湧き上がる熱の入った声は、一切聞こえない。そして、


「えー……みなさん! 逃げてください! 大会終了後のエキシビションマッチで使用する予定だったが逃げ出しました! 非常に凶暴ですので、迅速に避難をしてください!」


------------------林檎視点----------------


「え……え!?」


 突如として告げられた、自身の負け。おかしい、自分はナイフで自傷しているだけで勝てるのではなかったのか。


 見ると、入退場口の方、鳩を誘導するために投げたパン屑の一つがなくなっていた。私の負けた原因はコレか。ああ、もしかしたら、その名前の長いドラゴンは、これを求めて復活したのかもしれない……。


 いや、そんな事を考えている場合ではない。私は試合に負けたのだ。そうであれば、この闘技場にとどまる理由もない。


 早く逃げなければ。


 そんなことを思い、そして走り出そうとしたとき、私の脳内に透き通るような謎の声が響いた。


『もう、遅いですよ、ほら、上を見て』


「……うぇ?」


 私は、言われるがままに上を見た。


 そこには、崩れ去る天井と、それはそれはふてぶてしく、そして何も考えていないような、顔が、この会場の上空にあった。


 そして、それを隠すかのように、いくつもの大きい様で小さい闘技場の天井の瓦礫が、私に降り注いでいた。走っても、もう間に合わなかっただろう。間に合わなかったのだろう。





 ……私は、大きめの瓦礫に押しつぶされた。














































 視界が黒く染まった後に、長ったらしい名前をしたドラゴンの、断末魔のような声が聞こえた気がした。


 ああ、あいつも平和ではなかったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の小説のカテゴリーはミステリーでしたよね!? リスノー @risuno

★で称える ヘルプ

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ