第148話 シュオル監獄(上)

 ギルフォードと名乗った鷹の巣の勇者。彼は、親しみ深い口調でアスリンの名前を呼び、彼女に再会の挨拶を送った。一方で、再会を伝えられたアスリンは、その場に立ち尽くして愕然としている。


 一連の様子を見る限り、二人に面識があることは明確だ。しかも、ただの知り合いというよりも、もっと深い間柄で。


 鉄仮面を脱いだギルフォードさんは、ハリウッドスターにいそうな彫りの深いナイスミドル。白髪交じりの栗色の髪から、私の父さんや西風亭のナターシャさんと同世代の年齢なのだと思う。また、ベルトで背部に固定された大剣と装着している重装の鎧から、彼が筋肉質な体系であると容易に想像できる。


 私は、アスリンとナターシャさんの昔話に登場していた、バルザさん以外のもう一人の傭兵仲間のことを思い出した。彼女たちが『ギル』と呼んでいたその人が、私たちの前に現れた鷹の巣の勇者に違いない。そうなると、ギルフォードさんが、いつかアナーヒターが語った、アスリンの元交際相手ということになるのだけれど……。


 二人の恋は、生きる時間が異なる種族の壁と二人を取り巻く諸事情に阻まれ、幸せに結ばれることなく終わりを迎えたと聞いている。アスリンの気持ちを思うと、胸が締め付けられて苦しくなる。そっと念話で励まそうと思っても、アスリンをフォローできる言葉が思い浮かんでこない。


「アスリン、君は、あの頃のまま、変わっていないな……」


「そうね……。それは、私がエルフ族だから……。さすがにあなたは……」


「渋みが増して、男に磨きがかかったと思わないか? だが、剣の腕は、まだなまっちゃいないぜ?」


「フフッ……。ギル、あなたのそういうところ。相変わらずね」


 アスリンの表情は、ギルフォードさんと言葉を交わすうちに、懐かしさと喜び、そして、どこか不安が入り交じる複雑な表情に変わっていた。ギルフォードさんの問いかけに、笑顔で答えたアスリンの様子から、二人の間に深い溝が生じているわけではなさそう。その場面を見た途端、ホッとして私の体から力が抜けてゆく。


 固唾を呑みながら二人の会話を見守っていたキアラも、右手を胸に当ててゆっくりと深く息を吐きだした。キアラも私と同じように、アスリンの表情を見て安心したのだと思う。


「君に、そう言ってもらえると嬉しいよ、アスリン」


「私も、あなたの無事を知って嬉しいわ。でも、このような場所で、あなたと再会するだなんて、夢にも思わなかった。ねぇ、ギル。正直に答えて欲しいの。あなたがアリゼオから避難せずに、剣を持って王都の鷹に参加しているということは……、あまりいい話ではない……、のよね?」


「まぁ……、そういうことになるな……」


 ギルフォードさんは、溜息交じりにアスリンの質問に答えた。二人は、表情が硬くなり、互いに目を逸らして黙り込んでしまった。


 重たい沈黙が、周囲の空気を包んでゆく。


「これは、驚きました……。鷹の巣の勇者と風のアトカが知り合いだったなんて……。ギル、あなたも人が悪いわね。レンスターの使者を知っていたのなら、事前に伝えてくれても良かったのに」


 重い沈黙を破ったのは、二人の様子を静観していた王都の鷹に所属するエルフ族のイーファさんだ。イーファさんは、アスリンたちを交互に見つめ、わざとらしく肩をすくめた。その仕草に合わせて、ピンク色に輝く彼女の長い髪がサラリと肩から滑り落ちる。エルフ族の女性は、容姿だけでなく、何気ない仕草ひとつとっても魅力的で羨ましい。


「すまない、イーファ。人間社会で暮らすエルフ族が希少な存在だとしても、『レンスター家のエルフ族の従士』という情報だけじゃ、使者がアスリンである決定的な情報にならない。アスリンは、優秀な風の精霊使いだ。俺の思い込みで、君や同志たちにアスリンを紹介してみろ。それがぬか喜びに終われば、それこそ士気に関わっちまう。そんなことより、今は軍議を優先させていたはずだ。国防軍の方々の再会を遮りながら、俺らが喜びに浸っているわけにいかない。ヴァイマル帝国の方々、話の流れが本筋から逸脱いたしました。誠に申し訳ありません」


 ギルフォードさんは、イーファさんに理由を説明した後に、マンシュタイン大佐とヘニング少佐に向き直り謝罪した。イーファさんも、ギルフォードさんに倣い、少し慌てた様子でマンシュタイン大佐とヘニング少佐に頭を下げた。


 アスリンの精霊術は、ギルフォードさんが褒め称えた通り、本当に凄い性能だと思う。言語翻訳、危険感知、隠密行動、言葉の伝達、治癒、虚偽の見破り。アスリンは、風の精霊術が戦に向かないと言うけれど、応用次第で絶大な効果を発揮する。私たちがここにいられることが、何よりの証明と言える。


「いや、あなた方の再会は、我ら軍属の再会と部類が異なります。お見受けした限り、お二人の再会は、この場にいる皆さんが想定外だったご様子。我らに対する気遣いなど無用です」


 畏まるギルフォードさんとイーファさんに、気遣いを断るヘニング少佐。すると、皆のやり取りを見守っていたグラハム公が、朗らかな笑みを浮かべて口を開いた。


「ヴァイマル帝国の将校たち、そして、鷹の巣の勇者とレンスター家の風のアトカよ。私は、諸君らの不思議な縁が偶然ではなく、天使猊下らとジュダの導きであると確信している。我らは、今ここでひとつとなり、大いなる敵から祖国を取り戻し、また、数年後に迫る厄災を乗り越えねばならない。これから行う軍議は、その第一歩と考えている。まずは、マンシュタイン大佐。あなたがよく知り得ている忌まわしきの現状について、ティシュトリヤ猊下とレンスターから駆けつけてくれた友に伝えて欲しい」


「承知しました!」


 グラハム公は、満足そうに即答で返事をしたマンシュタインを見つめて頷いた。穏やかでありながら力強い口調のグラハム公は、どことなくレンスター公王陛下に雰囲気が似ている。


「それから、イーファと鷹の巣の勇者に改めて命ずる。マンシュタイン大佐の説明を補佐し、我ら王都の鷹の現状と、神聖第四帝国が企てるシュオル監獄の計画について説明せよ」


「「御意!」」


 グラハム公の指示に、力強く答えた王都の鷹の側近たち。


 その後、改めて自己紹介を済ませた私たちは、マンシュタイン大佐らの説明を受け、西フェルダート地方を襲った動乱について知ることになる。





 神聖第四帝国が建国されるまでの概括的な経緯は、シェムハザたち四柱の天使たちから聞いていた内容と概ね一致していた。もちろん、マンシュタイン大佐たちが起こしたクーデターの過程など、初めて耳にする情報もたくさんあった。兵器のことなど、私が苦手とする分野の説明は、後でキアラにわかりやすく解説してもらうとして……。


 とりあえず、頭の中で一緒くたになっている情報を整理するために、私なりにまとめてみた。


 竜帝歴六百八十三年十月七日。


 しくも、西風亭で皆が私の誕生日を祝ってくれたその日。

 

 総勢一万名を超える北伐作戦の大軍勢は、陸路の主力旅団と空路の遊撃旅団に分かれ、フェルダート地方を東西から挟撃するために侵攻を開始した。この身勝手な侵略戦争は、異常気象による食糧難の解決が最大の目的だ。パワーズの天使たちを同伴することで、ジュダの信仰が厚いレムリア大陸の人々に、侵略戦争を認めさせる卑劣なやり方で。


 主力旅団で自ら陣頭指揮を執るネオナチ政権のミュラー総統は、北伐作戦が約二ヵ月以内に終わるものと踏まえていたらしい。ところが、ミュラー総統の目論見は、以前からネオナチに不満を抱いていた、貴族連合と国防軍の反乱によって崩れ去る。


 その反乱こそ、キアラたちがレンスター入りする時に教えてくれた、クルセード作戦と呼ばれるクーデターのことだ。緻密ちみつに計画されたこのクーデターは、ヴァイマル帝国の本国と前線を進む二つの戦闘旅団内で、北伐作戦開始から十四日後となる十月二十三日に各地で同時に発動された。


 その結果、貴族連合は、元老院に巣食うネオナチ党の政治家と彼らの私兵である武装親衛隊を排除し、帝都ネオ・ベルリンをナチズムの支配から解放した。また、主力旅団と遊撃旅団の内部では、従軍する国防軍の精鋭部隊が奇襲攻撃を仕掛け、備蓄燃料の破壊やギガントを強奪したことで、武装親衛隊の大部隊をフェルダートの地に孤立させた。


 このクーデターは、一見して成功したように思えるけれど、ミュラー総統以下ネオナチ党の主要人物や武装親衛隊を、ヴァイマル帝国領内から追放しただけに過ぎない。当然、行き場を失った武装親衛隊は、圧倒的な軍事力を行使して、自分たちの拠点を築こうと動き始める。フェルダート地方の国々と、罪のない大勢の人たちを戦禍に巻き込みながら。


 その戦いの一つが、レンスター公国とキルシュティ海岸へ不時着した訪問騎士団が、力を合わせて遊撃旅団と戦った東フェルダート戦線のこと。記憶に新しいあの戦争は、平和な日本で生まれ育った私たちが、自らの意思で身を投じた戦争でもある。私たちを助けてくれた大切な人たちを守り、生きて地球へ帰るために。


 そして、私たちが遊撃旅団と死闘を繰り広げていた同じ頃。


 アリゼオの遥か西方を進む主力旅団の内部でも、クルセード作戦が発動し、国防軍の精鋭部隊と主力旅団の中枢である武装親衛隊が対立していた。その国防軍の精鋭部隊が、マンシュタイン大佐が参謀を務めていた第二〇一装甲師団だ。


 第二〇一装甲師団は、行軍する主力旅団が狭隘きょうあいな山道に差し掛かったタイミングで、背後から補給部隊を襲撃し、燃料を運ぶ輸送トラックや河川を渡る架橋戦車を破壊した。戦闘の序盤は、奇襲攻撃が功を奏し、クーデター側が四倍以上の戦力を有する武装親衛隊を相手に優位に立っていたらしい。


 けれども、いくらマンシュタイン大佐たちが精鋭揃いの国防軍と言えど、時間の経過とともに火砲の数の差に押されてゆく。劣勢になった第二〇一装甲師団は、輸送部隊を含めた三個大隊の武装親衛隊を撃破する戦果を挙げたものの、各小隊別に散開して敗走することを余儀なくされた。


 第二〇一装甲師団の奮戦空しく、反乱を鎮圧した武装親衛隊は、偶然にもシトリアの台地で油田を発見し、再び勢いを取り戻してしまった。それから彼らは、近代兵器の破壊力と大天使ラファエルの威厳を誇示しながら、西フェルダート諸国を次々と支配下に置いていったのだという。そして、その魔の手は、ついにアリゼオ王国にも向けられた。


 アリゼオ王国は、周辺諸国を破竹の勢いで呑み込む天使を従えた謎の軍勢に対し、互いの利害を一致させるために、ジュダ大司教と二十名の聖騎士たちを使者として遣わせた。しかし、その使者たちが惨殺されたことを機に、アリゼオ国王自らが三万を超える軍勢を率いて、アリゼオの南西に広がるティルベア平原で迎え撃つ道を選択することになる。


 ただ、剣や槍を装備した歩兵や騎兵が中心の軍隊で、銃火器を所持する相手に勝てるはずがない。結果的にレムリア大陸一を誇るアリゼオ王国軍は、戦場となったティルベア平原で、僅か一時間足らずのうちに壊滅状態となった。そして、国王を始めとする多数の将と兵士を失ってしまう。


 何が起きているのか理解できないうちに大敗を喫したアリゼオ王国は、千三百年続いた王朝にピリオドを打ち、市街戦に発展することなく武装親衛隊の支配下に置かれることになった。こうして、王都アリゼオを手に入れたネオナチ党の幹部と武装親衛隊は、ミュラー総統を新皇帝として担ぎ上げて、神聖第四帝国を誕生させた。


 ここまでが、西フェルダートの地に神聖第四帝国が建国されるまでの経緯。そして、アリゼオ王国で暮らす大勢の人々にネオナチの思想が広まってゆく。


 ナチズムのイデオロギーは、絶対的な悪。それは、歴史に疎い私でもわかっている。独裁者が暴力で人々を支配し、個人の自由よりも自国の利益を優先する政治。そして、そのためならば、他国の植民化や他国の人の命を奪うことをいとわない行動。狂気に満ちたナチズムの思想は、人間がなせるものじゃない。


 そんな悪魔に魂を売った人間たちを従えるパワーズの天使たち。自らを天使と称する彼らの存在こそ、世界を破滅に導く本物の悪魔に違いない。

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