第89話 爆ぜる光輝(上)
激しい戦闘が続くレンスター城の中で、二度目の奇跡的な再会を果たした私とリーゼル。彼女は、私に気がつくと戦闘を止めて私に抱きつき涙を流した。その理由は、私が妖魔族と交戦中に不慮の事故で命を落としたという、親衛隊上層部から伝えられた情報を信じていたからだった。
リーゼルは、死んだはずの私が生存し、横行するネオナチを追放するためにクルセード作戦に参加していたことを知ると、すぐに戦闘を放棄して私たちに保護を求めてきた。
天使ラファエルから光天使アグニの末裔と言われ、
私とリーゼルの最初の出会いは、私の父がアーネンエルベ
父の研究施設は、魔術という超常現象を医学や産業技術の発展に役立てることを目的としていた。厳しい規制や監視下に置かれたナチスの軍事施設と異なるため、私は二つ年上のリーゼルを姉のように慕い、父の研究の下で不自由なく楽しく過ごしていた。いつも笑顔だったリーゼルも、きっと私と同じ気持ちでいたと思う。
しかし、祖国がポーランドに侵攻し、世界が激動の時代に突入すると、約二年間続いた楽しい日々に終わりがやってきた。
父方の祖父がユダヤ人だったリーゼルは、
その後、私がリーゼルと再会したのは、アルザルへ来て二年が経過し、親衛隊魔法兵科であるマーギスユーゲントに入隊した時のことだった。地球から遠く離れたアルザルの地で、七年振りに再会した私たちは、互いが地球から移民していたことに驚き、時間と星を越えた奇跡の再会を心から喜んだ。
それから約十ヵ月に及ぶ魔法兵科での課程を修了すると、マーギスユーゲントに入隊した士官候補生たちは、成績により階級が与えられ、それぞれの赴任先へ配属された。
私の赴任先は、父が所属する辺境のネオ・バイエルン基地で、蛮族や妖魔族の侵入を防ぐことを目的とした国防軍だった。これは
リーゼルは、病弱な母と妹を養うために、恩給が優れたドラッヘリッターに所属することを希望していた。そのことは私も知っていた。しかし、ナチの思想を嫌う彼女が、アーネンエルベの指示に従ってドラゴニュート化していたことに、私は驚きを隠せなかった。
リーゼルの奇麗な青い瞳や端整で色白だった顔立ちは、面影は十分残っているけれど、例外なくドラゴニュートの外見的な特徴が現れていた。竜の性質の違いなのか、彩葉さんの黒い金属質な鱗や角と違って、リーゼルの鱗や角は、チョコレート色で砥石のような表面だ。
彩葉さんの前で口に出せないけれど、リーゼルの鱗や角、それから紅色に変色した瞳を見ると、寂しさと悲しさに襲われてくる。
そしてもう一つ、以前のリーゼルと大きく異なる個所があった。
それは、堕ちた天使の証である彼女の左目から溢れる青白い光が、マーギスユーゲントにいた頃より一層強くなっていることだった。この光が強まっているということは、彼女の属性八柱として更なる覚醒を遂げたことを意味している。
◆
「何だよ、コイツ! でかい割に速いし、機関銃が当たっているのに効いてない……」
決して広くない玉座の間の空中で、幸村さんが撃つ機関銃を避ける有翼のドラゴニュート。幸村さんが発言した通り、敵はアクロバットな動きに合わせ予想を超える速さで飛び続けている。弾丸が命中した翼や上半身から、血が流れ出ているにもかかわらず、一向に怯む様子を見せない。
この有翼のドラゴニュートの名はコーエン伍長。ダルニエス少佐と同じく、ベルリンオリンピックに出場した経験を持つ有名な軍人アスリートだ。基本的に、魔術師が集められて結成されている、
『クソッたれがっ!』
コーエン伍長からの念話による罵声が、直接頭の中に響き渡る。上層の回廊の
フォルダーザイテ島上空の惨劇が、私の脳裏を過った。
『伏せて!』
硬直したまま動けずにいた私に代わって、リーゼルが念話で私たちに指示をした。私はリーゼルの念話で我に返り、彼女の指示に従って床に伏せた。私だけでなく、幸村さんとアスリンさんも床に伏せている。皆が伏せると、リーゼルは屈んだ体勢で回廊の石の床に左手を当てた。
リーゼルの左手は、そのまま床の石と一体化するように石の中に溶け込んでゆく。彼女がこのような呪法を使えた記憶はない。たぶん、彼女の
私がリーゼルの行動に目を奪われていると、コーエン伍長から放たれた擲弾が私たちの目の前の回廊の壁に着弾した。
激しい爆発音と共に黒煙が周囲に充満する。呼吸が苦しい。ただ、体の痛みは全然ない。煙に
擲弾の威力は、大型輸送機ギガントの装甲程度なら軽く破壊できる。比較的脆そうな回廊の壁だったけど、頭上からパラパラと小石が落ちる程度で崩壊せずに済んでいた。先程リーゼルが、左手を床の中に入れたことが関係しているのかもしれない。
「ゴホゴホ……。今のはさすがにダメかと思ったけど……。みんな無事か?」
徐々に視界が晴れてくる中、幸村さんが噎せながら皆の状況を確認した。
「えぇ。私は大丈夫……怪我はしていないわ」
「幸村さん、私も大丈夫です」
私はアスリンさんに続いて幸村さんに無事を伝えた。至近距離から擲弾の直撃を受けたのに、怪我がなかったことは奇跡に近い。
「あーあ、チクショウ……。機関銃がへし折れちまってるよ……」
どうやら、今の擲弾で狭間の隙間に固定設置した重機関銃MG34が壊れてしまったらしい。
『思っていたより壁の強度が弱かったみたいね……。とりあえず、皆さんが無事でよかった。私の体内に宿る地竜アジュダヤの竜の力で、壁の硬度を変えてみたのだけど……。恥ずかしいことにしばらく動けそうにないわ』
リーゼルの念話に、アスリンさんと幸村さんは驚いてリーゼルを見つめた。それもそのはず。戦う意思を捨てて私たちに保護を求めたとはいえ、彼女はつい先程まで敵として戦っていたドラッヘリッターなのだから。
コーエン伍長が放った擲弾を防いでくれたリーゼルは、床の石の中に溶け込ませていた左腕を抜き出した。彼女の左腕は赤く染まり、血液が滴り落ちていた。
「リーゼル! 怪我をしているじゃありませんか?!」
私はリーゼルに駆け寄り、胸のポケットからガーゼと止血用の布を取りだした。
「酷い傷……。すぐに精霊術で手当てをするわ」
リーゼルの怪我に驚いたアスリンさんも駆けつけてくれた。
『私の怪我は大丈夫。竜の生命力と再生能力は凄いの。軽く止血してから安静にしていれば、放っておいても三十分程で元に戻るはず』
ドラゴニュートは生命力が高く、回復力も凄いと彩葉さんも言っていたことを思い出した。
「リーゼルさん自身がそう言うなら……、わかったわ。玉座の間には負傷者が大勢いるし、精霊術を使うためのマナも足らないから温存させてもらうわね。でも、無理をしてはダメよ?」
リーゼルは、アスリンさんの言葉を念話で理解しコクリと頷いた。
その時、高エネルギーの魔力と共に、辺りが一瞬青白く輝いた。あれはハロルドさんの雷撃の呪法だ。
「グワアァァァーッ!!」
コーエン伍長の悲痛な叫び声が玉座の間に響き渡った。
コーエン伍長は、ハロルドさんが放った雷撃の直撃を受けたようで、吹き飛ばされた後に十メートル下の床面まで落下した。
「相変わらずハルの雷撃は凄まじいな……。あれだけ手を焼いたでかい奴を一撃かよ……」
幸村さんが言うように、ハロルドさんの雷撃は、リーゼル以上の凄まじい威力かもしれない。とにかく、これで玉座の間の敵は一掃できた。
彩葉さんとハロルドさんが、玉座の間から飛び出してゆくのが見えた。逃走したマグアート伯爵とダルニエス少佐を追い掛けて行ったのだと思う。
「先程の爆発を心配した彩葉から念話が届いたわ。私たちの無事とリーゼルさんのことは、風の精霊術で伝えたわ。キアラ、あなたはここでリーゼルさんの介抱を頼めるかしら? 彼女はまだ動ける状況ではないでしょうし、一人にして置くわけにいかない。私とユッキーは、玉座の間の負傷者の手当てに向かうわね! ユッキー、行きましょ!」
「了解だぜ、アスリン! また後でな、キアラ」
アスリンさんの指示で幸村さんは嬉しそうな表情で頷きながら立ち上がった。たぶん幸村さんは、伝説不老長寿のトゥーレの民、エルフ族のアスリンさんに思いを寄せている。しばらく一緒に行動しているうちに、何となくそれに気がついた。
「アスリンさん、了解です! 私もリーゼルが動けるようになり次第、下へ向かいますね。まだ敵は城内にいます。二人とも、どうかお気をつけて!」
「うん、キアラたちも気をつけるのよ」
アスリンさんは、私の返事に頷くと幸村さんと一緒に回廊を走り、下層に降りる階段へと向かって行った。
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