第65話 フォルダーザイテ基地占領作戦

 フォルダーザイテ島。カルテノス湾に浮かぶ平坦なこの島は、海風による塩害で農作物が育たない代わりに油田が存在している。そのため集落のない離島にも拘らず、各地を結ぶ重要な航空中継基地となっている。


 現在の時刻は、午前五時五十分。ここは、フォルダーザイテ基地の南東約二十キロメートルのカルテノス湾上空だ。


 まもなくこの島は、クルセード作戦に参加した私たち第二〇二装甲師団によって攻略される予定だ。この基地を制圧すれば、北伐で東フェルダート攻略に向かった遊撃旅団を孤立させられる。クルセード作戦の戦局に係わる大事な制圧戦となる。


 七機の大型輸送機『ギガント』に搭乗した私たちが、ネオ・バイエルンをってから、約一時間半ほど経過していた。揺れる鋼鉄の機体と身体の芯まで伝わるエンジン音。ギガントの乗り心地は、お世辞にもいいものとは言えない。


 私の実戦経験は、妖魔族を相手にしたことが何度かある程度だ。対人戦は初めての経験となる。相手はSSシュッツシュタッフェルとはいえ、共にアルザルへ移民した同胞だ。大義を成し遂げるために、犠牲は付き物だと父はよく言っている。しかし、話せばわかり合えるかもしれない人たちと戦うのは心苦しい。


 私は気を紛らわすために、開口部から外を眺めた。雲の下にカルテノス湾に点在する小さな島影がはっきりと視認できる。高度四百メートルもあるのに、夜でも視界がはっきりしている理由は、南東の空に一際輝くαケントウリ星系第三恒星セレンの青白い光のおかげだ。


 そのセレンの南側で金色に輝く一等星が太陽だ。直接見ることはできないけど、あの空間のどこかに地球があるはず。シンクホールを使ったことで、私たちが生きた時代から、信じられないことに半世紀以上の時間が経過しているらしい。天使が言ったように、世界は人の手で焼き尽くされてしまったのだろうか。


 争いによる種の滅亡を防ぐという理由で、天使の導きによってアルザルへ来た私たち。そんな私たちは遠い場所に来てもなお、新たな争いを始めようとしている。ただ、これから始まる戦いは、これ以上の争いをなくすためのものだ。私はそう信じている。


「……少尉、シュトラウス少尉」


 私は背後から肩を軽く二度叩かれ、アンデルセン一等兵に耳元で名前を呼ばれていたことに気がついた。激しいエンジン音の影響ではなく、単に私の意識が解離していたためだ。


「あ……、はい。何でしょう?」


「もう目標は間近です。自分が突貫で製作した照準の装着をさせて頂きます」


「わかりました。お願いします」


 昨晩、ブリーフィング後のワインを飲みながら、アンデルセン一等兵は、私のために特製の照準器を作製してくれた。私が呪法で作り出した火球を、彼が照準で合わせることで、少しでも命中率を上げる狙いだ。


 アンデルセン一等兵が作製した照準器は、主に狙撃兵がカラビナー98kに取り付ける三九型照準鏡を、一メートルほどに切断されたビリヤーキューに取り付けた簡易的な構造をしている。


 そもそも、私の呪法の命中精度が人並みにあれば、黙々と私の右腕に照準を取り付けるアンデルセン一等兵に迷惑を掛けることはなかった。私に課せられた重要な役割を、彼にも負担させてしまうことになり、申し訳ない気持ちで一杯だ。


 私たちが搭乗するギガントが着陸態勢に入った際、フォルダーザイテ基地管制塔の指示に従わなければ、私たちの叛逆はすぐに発覚するだろう。その後、基地航空隊が迎撃に出ることは明確だ。


 ギガントは、強力な対地火力を持たない。離陸前とはいえ、機銃のみでメッサーシュミットを破壊するのは難しい。そこで私の呪法が出番となる。


「少尉、照準の装備が終わりました。説明は昨夜説明した通りです。少尉は火球を準備した状態で待機。自分の合図に合わせて棒の延長上に、力まず押し出す感じで火球をギガントから落下させてください。カウントは三つでいきます」


「了解です、アンデルセン一等兵。あなたにまで負担をかけてすみません」


「どうということはありません。お任せ下さい、少尉」


 私に説明するアンデルセン一等兵。その説明に返事をする私。会話をする私たちの吐く息は白い。フォルダーザイテ基地へ向かって飛行するギガントの格納庫内の温度は、摂氏マイナス八度。


 車両を搭載するための大型ハッチが、コクピットの下の前方部分にある構造なため、格納庫内の体感温度は、隙間風の影響で気温以上に寒く感じる。


「腕にスコープなんてつけて、何だかカッコいいっスね、少尉」


 例のごとくニヤニヤしながら、リンケ二等兵が私を揶揄してきた。


「茶化さないでください、リンケ二等兵!どうせ何か言われるだろうと思っていましたけど!」


 毎度のように私に絡んでくるリンケ二等兵は、私より二つ歳上の兄的存在だ。国防軍に入隊して半年の一般兵卒だけど、現地民の反乱の鎮圧や妖魔族など亜人種の討伐に何度も参加しているため、実戦経験は私よりも豊富だ。


「ほら、リンケ。少尉ばかり見てないで外もちゃんと外を監視しろよ?」


「イテッ!」


 リンケ二等兵は、ライ上等兵に頭を叩かれ舌を出す。


「遊んでいられるのも今のうちだぞ。もう間もなく目標上空に到着予定だ。ザーラちゃん、作戦開始時にギガントが大きく右翼側に傾く。クランプスがしっかりと固定されているか、ワイヤーチェックに付き合ってくれ」


「了解です、伍長」


 クラッセン伍長が言うクランプスとは、私たち第五魔導戦車部隊に配備されているⅢ号戦車L型の愛称だ。名前の由来は、ヘニング大尉の出身バイエルン州に伝わる、クリスマスの怪物の名前から名付けられたそうだ。


 クラッセン伍長とベーテル一等兵は、Ⅲ号戦車と側車付きオートバイR75のワイヤーを点検している。ライ上等兵とアンデルセン一等兵は、機銃や安全ベルトの点検を始めた。


「星が綺麗っスね、少尉」


 隊員たちの行動を見守っていた私に、隣で見張りを続けるリンケ二等兵が話しかけてきた。


「本当ですね。これから身内同士の争いが始まるだなんて嘘みたいです」


「自分たちは軍人。命令に従って戦う。その目的が今回は『争いを終わらせるため』の戦い。圧政に苦しむ人が減るなら、自分たちが命を懸けて戦う意味があるってもんです。それでいいんじゃないですかね?」


「おっ?! リンケ、いいこと言うねぇ」


 足元のワイヤーを点検していたクラッセン伍長がリンケ二等兵に言った。


「こんなエンジン音の中で良く聞こえましたね?!」


「俺は生憎、耳が良くてね」


「伍長、そりゃただの地獄耳っスよ!」


 照れながらクラッセン伍長に文句を言うリンケ二等兵がなんだか可愛らしい。


「お気遣いありがとうございます、リンケ二等兵。あなたの言う通りです。私は困っている人や苦しむ人を助けたいという思いで、私の呪法が活かせる場所を探し、最終的に軍に志願しました」


「自分もっスよ。親父もお袋も風土病で死んじまって、金がなかったのもありますけどね。とりあえず、少尉。気負わずにガツンと火球を落としてやってください。ド下手な少尉がしくじったら、自分が機銃でなんとかしてみせます!」


 リンケ二等兵はニッと笑いながら私に言った。


「もうっ! せっかくあなたを見直していたのに、最後の一言が余分ですっ!」


 まったく、この人と話すといつもこうなる。でも、彼なりに私の緊張を解そうとしてくれているのが伝わった。いい加減そうに見えるけど、本当は優しくて思いやりがある性格なことは知っている。


 その時、天井付近のランプが赤く点灯し、ギガント内のブザーが鳴り響いた。作戦開始五分前を知らせる合図だ。格納庫内は、一気に緊張した空気に包まれた。


『定刻通り、フォルダーザイテ基地が視界に入った。現在のところ、エミールが離陸する様子はない。まだ、基地航空隊は、クルセード作戦及び我らの作戦行動に気づいていない。これより我々は編隊を離脱し、着陸態勢に入る一番機に並行飛行しながら先陣を切る。第一目標はエミールの破壊。第二目標はその搭乗員。各員は、安全帯と最寄りの機内通信用機材を装着して配置につけ! 最善を尽くそう!』


 機内放送のスピーカーから、コクピットで通信各機と通信を担当するヘニング大尉の声が聞こえた。


 私はアンデルセン一等兵から渡された、戦車兵が使う通信用のフンクハオベと呼ばれるヘッドセットと首に取り付けるタイプのスロートマイクを装着した。


「それでは、少尉。ハッチを開けますよ」


「了解です、アンデルセン一等兵」


 アンデルセン一等兵の言葉がヘッドセットから聞こえた。各隊員もそれぞれが、格納庫内の銃座についた。コクピット直下の銃座はベーテル一等兵。右翼銃座にクラッセン伍長とリンケ二等兵。そして、尾翼付近の銃座にライ上等兵。安全ベルトや通信機が有線のため、各隊員の活動範囲は限られている。


 アンデルセン一等兵とリンケ二等兵が、ギガントの右翼側の格納庫のハッチを解放した。風切り音と共に冷たい空気が機内へ流れ込んでくる。ハッチの外で、雲の塊が時々もの凄い勢いで通過する。ずっと見つめていると吸い込まれそうだ。


「シュトラウス少尉、聞こえるか? 攻撃準備をしながら、各員から通信機材の回信を取れ」


 ヘッドホン越しにヘニング大尉が私を呼んだ。


「了解です、大尉。こちらはすでにハッチを解放しました。これから回信を行います」


 私は攻撃準備のため解放されたハッチ前で、右手を伸ばした状態でうつ伏せになりながら大尉に返答した。作戦開始前の通信機材のチェックは、どの隊も基本的に副官が行うことが多い。


「自分は良好です。照準も良好ですよ、少尉」


 私の肩越しに照準を調整していたアンデルセン一等兵が答えた。


「アンデルセン一等兵、了解。続いてクラッセン伍長、ライ上等兵、どうぞ」


「良好です、フロイライン少尉」


「自分も良好です、少尉」


 クラッセン伍長とライ上等兵から回信が届いた。


「了解、そちらからの通信も良好。最後にベーテル一等兵、リンケ二等兵、どうぞ」


「私も良好です、少尉」


「自分もっス。少尉の可愛い声がバッチリ聞こえてますよっ!」


 まったく、こんな時までバカなことを言って……。


 リンケ二等兵は笑顔で親指を立てながら回信してきた。


「了解、各員チェック完了。ヘニング大尉、通信をお返しします」


「了解。それでは間もなく本機は右翼側に二十度傾け基地上空の旋回に入る。シュトラウス少尉、アンデルセンの指示でいつでも呪法を撃てるように準備を」


「了解!」


 機体が傾き、解放されたハッチの先にフォルダーザイテ島の基地が見えた。機体はかなり高度を下げており、地上がはっきりと見える。気圧の変化からか、耳の奥でプスッと痛みを伴う耳鳴りがした。


 旋回を始めた私たちが搭乗する四番機のギガントの下方で、フォルダーザイテ基地の滑走路に着陸を開始した、スレーゲル中将が搭乗する一番機が視認できた。その後方には、一番機に続く、私の父シュトラウス大佐が搭乗する七番機が着陸態勢に入っていた。


 お父様、ご武運を!


 私は右手の先に火球を作り出し、アンデルセン一等兵の指示を待つ。基地の滑走路には、いつでも飛びたてる三機のエミールが待機していた。事前情報ではエミールは五機だ。滑走路脇のシートが掛けてある二機が恐らく残りだろう。


「少尉、火球の投下準備! カウントを開始します」


 アンデルセン一等兵が私の腕の向きを少し変えながら合図を送ってきた。


「了解、いつでも!」


ドライ……ツヴァイ……用意アハトゥング撃て!フォイア!」


 私は、アンデルセン一等兵のカウントに合わせ、火球を照準の棒に沿って真っすぐ放った。落下する火球は、スーッと速度を上げて吸い込まれるように先頭のエミールの右翼に命中した。火球が炸裂したエミールは、翼内の燃料が引火し、あっという間に黒煙を吹き上げながら炎に包まれた。


よくやった! グット・ゲマハト少尉!」


 私の肩越しにアンデルセン一等兵が、右手の親指を立てながら私を称賛してくれた。


「アンデルセン一等兵のおかげです。グットゲマハト!」


 私は横目で頷きながら、アンデルセン一等兵に左手の親指を立てて称賛を返した。


 フォルダーザイテ基地からサイレンが鳴り響く。炎上する戦闘機と基地の異変に気がついた敵の搭乗員や整備兵たちが、滑走路脇の兵舎から一斉に飛び出し、それぞれが担当する機体を目掛けて走り始める。そんな彼らに対して、私たちのギガントから機銃が一斉に浴びせられる。


「さぁ、敵さんをエミールに近づけさせるなよ! ザーラちゃん、滑走路脇のシートを剥がそうとしている整備兵頼むよ。ライとリンケはエミールに向かう搭乗員を!」


「了解です、伍長!」


「滑走路脇に重機関銃が設置された模様! その数、三基。ヤツら、応戦してきます!」


 クラッセン伍長の指示に応える隊員たち。首に巻いたフロートマイクは音の収集能力が高いため、隊員たちの息遣いまで聞こえて来る。


 ベーテル一等兵が言ったように、基地を防衛する兵士たちが、私たちのギガントに対して応戦してきた。地上側に傾いた右翼側の機体に、機関銃の弾が当たる激しい音が聞こえて来る。そのうちの数発が装甲の薄い部分を貫通し、格納庫内に弾が当たり火花が飛び散っている。


「クソッ!」


「どうした、リンケ二等兵?!」


 ヘッドホン越しに悪態をついたリンケ二等兵に、ヘニング大尉が尋ねた。


「いえ、流れ弾が安全帯を直撃して壊れちまいました。自分は大丈夫っス」


「了解、無理はせず下がれ」


「はい、大尉。敵さんが沈黙したら下がりますよ!」


 一方、私たちのギガントから機銃掃射を受け、バタバタと倒れる同じ軍服を着た地上の敵兵士たち。思わず目を背けたくなる光景だ。


「さぁ、少尉! 兵は皆に任せて次弾の準備を!」


「はい!」


 私はアンデルセン一等兵に返事をし、二発目の火球を作り出した。


「……用意アハトゥング撃て!フォイア!」


 私は先ほどと同じタイミングで、力まずに火球を放った。


 二発目の火球も命中し、後方に待機していたエミールの機体が真っ二つに折れて炎上した。アンデルセン一等兵の腕は本当に一流だ。


「よし、その調子だ! 皆、もう一息だ。気を抜かずこのまま押しきるぞ!」


 私たちを鼓舞するヘニング大尉からの通信が届いた。今のところ全て順調に進んでいる。


 やがて、私たちの四番機に続いて飛行する、三番機、五番機、六番機のギガントが、離陸前の航空機や敵兵に機銃を浴びせながら支援に加わった。また、着陸した一番機から歩兵連隊が降機し、基地の制圧に向けた地上戦が展開されている。


 奇襲は大成功だった。私だけではなく、この作戦に参加している全ての国防軍の兵士たちが、フォルダーザイテ基地占領作戦の成功を確信していたはずだ。


 しかし、武装親衛隊の極秘部隊の登場によって、事態が一変することになる。

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