やさしく甘い薫りに誘われて、私は微睡まどろみから少しずつ覚醒していった。目覚めは未だ曖昧で、何もかもが心許こころもとない夢の延長線にいるような気もしたけれど、肌に当たるシーツや寝具の質感は確かにあって、私はうっすらと目を開いた。

 焦点の合わない瞳で辺りを見回すと、白い天井と窓から覗く青い空がおぼろ気に映り、そこで私はベッドへ仰向けに寝かされているのだと気が付いた。

 自分が今どういう状況に置かれているのかよく分からなかったけれど、それでも私が不安も恐怖も感じなかったのは、先ほどから漂っている甘酸っぱいくちなしの薫りと、私の左手を、誰かがやさしく包み込むように握ってくれているおかげだった。

 開いた窓からやわらかな白い風が入り込み、いたずらをするように通り抜けてゆく。その風の行き先を目で追うと、私の手を握ってくれている誰かの姿が、ぼんやりと、しかし徐々に輪郭をはっきりさせながら映る。

 そうしては、私の心を他の何よりも安らかにする、穏やかな懐かしい声で言ったのだ。



「──おはよう。燈子」











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ひかりをこえて 宵待なつこ @the_twilight_fox

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