第37話





「今日から一緒にリハビリをする、藤咲燈子ちゃんだよ」

 高田先生が振り返って女の子に告げると、彼女は「ふうん……」と興味深そうに私を見て、松葉杖をつきながら私の目の前までやって来た。

「日向美咲です。よろしくね」

 快活で朗らかな彼女の笑顔は、太陽の日射しを浴びて鮮やかな碧に輝く植物の葉を思わせた。アーモンド型の大きな瞳は、黙っていれば澄ました美人のような、ツンとした印象を与えがちだけれど、笑い顔の中心でくりくりと円くなる様はとても可愛らしく、ねこっ毛な彼女のショートヘアと相まって、何とも愛くるしかった。

「藤咲、燈子です。よろしく……」

 私はなかば唖然として、返した言葉にも力が抜けていた。

 いや、分かっている。私が一方的に彼女のことを嫌っていただけだということは。

 それでも、彼女が私の前に立ったときは、苦手な人間に近くへ寄られたときの、あの肌がチリチリするような忌避感が確かにあって、それは理屈で治せるようなものではない。

 にもかかわらず、彼女の微笑みには、そんな身勝手なわだかまりや抵抗感をあっけなく飛び越える、晴れやかな力強さがあった。

「どうかした?」

「あ、いえ……少し驚いただけなので……」

 きっと私の声は、部屋のエアコンの作動音よりも小さかっただろう。

 それでも彼女はにこやかな笑みを消さず「そっか」と続けた。

「キミ、中学生だよね? 何年生?」

 二年生です、と言いかけて、私はギリギリのところで言葉を飲んだ。

 ──私はもう、中学生じゃない。

 浩樹君と一緒にいるとき、私は中学生のままで、彼にも無意識にそのことを求めていた。いつの間にか高校生になっていた浩樹君が私のことを置いていってしまうような気がして、彼の時間を私に繋ぎ止めておきたかった。

 ……だけどそれじゃダメなんだ。浩樹君を私に繋ぎ止めておくんじゃなくて、私が彼に追いつかないと。

「私、十七歳、です」

「えっ! そうだったの!? ……じゃなくて、そうだったんですか! すみません。私ったら先輩に対してなんて失礼なことを……」

 のどにつっかえながら何とか私が答えると、さっきまでにこやかな顔付きだった彼女は、急にあわあわと焦りだし、ぎゅっと目を瞑って、細い脚をビシッと揃えながら、大げさなくらい頭を下げてきた。

 そこまで謝られるとは思っていなかった私は、大いに戸惑い、困惑したけれど、まるで漫画みたいな彼女の感情の豊かさに堪えきれなくなって、すぐにけらけらと声をあげて笑ってしまっていた。

 そんな私を見て、彼女の方も同じように笑い出すと、ますます可笑しくなった私たちは、お互いにおなかを抱えて笑い合った。

 たったそれだけのことで彼女に対する拒絶感は消え去り、久しぶりに心から笑えた楽しさと、新しい──ある意味初めての──友達が出来たことへの喜びが、私の胸を暖かく満たしていた。



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