会議

「磐城に続き、此度の戦でも大活躍ですなぁ……香月閣下?」

「……ありがとうございます。ですが……前回と同様、今回も皆様のご協力あっての事ですから」


 北の大地に戻って来た壱心。そんな彼に会って早々に他藩の重鎮から嫌味のような言葉がぶつけられる。どこか揶揄うような意図を感じさせる言葉をさらりとかわした壱心は現在、彼の家臣である古賀が確保した松前城にいた。

 現状については古賀からの報告書に加えて彼が避難民に紛れさせて張り巡らせた網からの情報提供で現状を理解している。

 現在、箱館政権は蝦夷における殆どの拠点を放棄し箱館に籠っている。特に、箱館南方にある弁天台場、箱館の北東に位置する四稜郭、五稜郭への集中が著しい。四稜郭に至っては史実の急造堡塁とは全く異なる出来であるといってもよかった。


(さて、ちょっと面倒なことになってきたな……長期戦は避けたい、というより避けなければならないんだが……)


 旧幕府軍のこれからの予定を鑑みて苦い顔をする壱心。これまで各藩でバラバラに戦い各個撃破、奥羽列藩同盟を組んでからも足並みを揃え切れずなかった彼らがここに来て結束している。これまでは孤立に付け込んで謀略計略調略を行い、未来の情報を駆使して限られた人物を装い相手の疑念を深めることで更に孤立を深め、各個撃破を続けていた。壱心は今後も箱館政権軍をそれで削り切ろうとしていたのだが、壱心の思惑通りに事は運ばなかった。


 箱館政権は精鋭と共に五稜郭で籠城を決め込むつもりらしい。


(蝦夷共和国の性格、特に陸軍奉行どもからしてこの作戦は採らないだろうと思っていたんだが……物量共に負けている状況下で援軍のない籠城。兵法上では下の下の下策だが……これが案外、明治新政府の現状では効く……)


 議論が始まる前に何を話すべきか考えるために一度整理する壱心。今回の議題は疑う余地もなく国内安定化のために旧幕府軍を倒すこと。列強に食い物にされようとしている最中で日本人同士で争っている暇はないというのが根底の事情だ。


(それは相手もわかっていたというのに、新政府憎しで面倒なことを……あ、後は忠節を貫くとか言ってたか。尤も、忠節を尽くすならその忠義を誓った相手の言うことを聞けと思うんだが。人の心は千差万別か……)


 理屈ではない何かがあるのだろう。壱心にとって共感は難しいが、理解できない話ではない。少々入り込んだところまで考えを発展させた壱心だが、今の思考の本筋はそこではないと頭を切り替える。


 今、考えるべきは旧幕府軍をいかにして倒すべきかということだ。


(さて、籠城する旧幕軍に勝つ方法だが……簡単な話、包囲して待てばいい)


 あらゆる条件を無視してこの戦に確実に勝つ方法を考えるのであればそれが一番手っ取り早い。痺れを切らして出て来たところを潰すにしろ、相手の補給切れを待つにしろ、出て来れない状況のまま放置するにしろ、国内安定というこちらの目標は達成できる上に相手の幕府復興という目標も折ることが出来る。


 尤も、情勢がそれを許さないが。壱心は自分の考えが実行できない理由を即座に思い浮かべる。


(早いところ鎮圧しないと財政面での問題、それに伴う国民感情の悪化。諸外国の介入の可能性、現政権の力量に懐疑的になった諸藩から離反される可能性が生まれる……相手はそれを待ってるんだろうが)


 相手は様々な条件を考慮して勝機を窺っている。これまで、壱心の知る限りでは乙部に上陸した後、史実クラスの徹底抗戦がなされたという話を聞いていない。

 賊軍は新政府軍が北海道に上陸してから今までずっと耐え忍び、爪を研ぎ、機を窺っているのだろう。それを考慮した上で行動しなければならない。


(……あの時、海岸線を北上していた兵力が少なかったのもその一環か……だが、現実に賊軍の数が少ないというのも強い理由ではあるんだよな……)


 薩長同盟に加えて筑前、福岡が入ったことで日和見や敵対を取る藩が減ったのは事実だ。そのため、賊軍の絶対値が減っているのも相手の戦略に影響している。


(ふぅ……相手が超一流だと困るよな……尤も、だからこそ取れる手というものもあるんだが……)


 現在置かれている状況を脳内で整理した壱心はこれから始まる会議に向けて今後の指針を固め始めた。





 そして会議が始まる。まずは近況報告からだ。各員、蝦夷での戦線の経過を報告するという名目で各藩の成果をアピールする場所と化している。


(ハッ……本当にあんたらの言う通りに事が進んでるなら今頃、賊軍は崩壊して俺は要らないだろ。帰っていいのか?)


 内心で毒づく壱心。強制的に呼び出されて従軍させられ、本来彼がやりたかったことを中断している身からすればこの茶番は一蹴して本題に入り、早く帰って仕事をしたかった。


「賊軍は我が軍に恐れをなして城に引き籠っております。山田様、ここは引き続き我らにお任せを」

「んー……私としてはそうするのもよいかとは思いますが……香月さんはどう思います?」


 しばらくこれから誰が賊軍と戦うかを話していたが長州藩の林友幸、それから同じく長州藩の海陸軍参謀である山田顕義が話を壱心に振って来た。


「そうですねぇ……これから皆さんとの相談でどうやって戦うかを決めるんでそれが実行できると言い切れるのでしたらお願いしたいところですが」

「あぁ、そうだね。林さん。そういうわけでよろしいでしょうか?」

「む……いいでしょう」


(自分から言い辛いからって他藩の人間をダシに使いやがって……)


 自分よりも年上の同藩の出身者の発言に面と向かって否定することを嫌った山田の思惑を読んだ上で自分の要件を入れ込んだ壱心。少々面倒臭いと思っていたため微妙に毒が入ったが、誰も突っ込まずに流された。


 これで話が各藩による戦果報告オークションから進む。そんな中で直前に発言のあった山田が壱心に向けて発言した。


「じゃあ、香月さん。話を切り出したことですし、磐城の戦いで見せたその手腕の一部を披露していただけませんかね?」


(事前に相談もなしに丸投げか……まぁ、俺だけ好き勝手に動いてるから嫌がらせなんだろうけどねぇ)


 周囲から様々な感情が込められた好奇の目が壱心に向けられる。その内情は様々で、多くが値踏みするものだ。磐城で名を馳せ、宮古湾……そしてこの松前城での戦いでその名が虚名ではないことをこの場にいる諸将に示した壱心。

 だが、それでも若造の言うことに従いたくないという感情は根強く、小栗らのコネという声や、戦果もまぐれだという考えは未だ消えない。

 そういった値踏みの視線と幾つかの意地の悪い感情が込められているものが大多数を占めていた。だが、純粋に期待する視線と憧れの視線が込められているのも壱心は感じ取っている。


(まぁ、やることは決まってますけどね……)


 間違いなく壱心が注目の的。その中で、彼は落ち着き払って口を開いた。


「まぁ、皆さんと考えることは概ね同じかと。陸軍本隊が既に制圧済みの北西側三道から五稜郭を包囲。海軍が箱館港と大森浜側から箱館を挟撃。その他に奇襲部隊を派遣して箱館山の裏手から上陸し一気に箱館を奪回……黒田様。いかがでしょうか?」

「……うむ。まぁ異論はないな」


 壱心は薩摩藩の陸軍参謀の一人である黒田清隆に尋ねるように言って同意を得たことで話を進める。史実では彼が立案した作戦なのだから同意は当然。だが、状況が異なることで彼から疑問が出た。


「だが事ここに至って賊軍が見落としをするとは思えん。力攻めでいくのか?」

「まぁ、海の方はそうですね……」


 期待していたほどの答えじゃないと暗に言う黒田だが、壱心は受け流す。砲撃戦においては小手先の細工が難しく、壱心は海軍のスペシャリストというわけではないため、特にいい案が思い浮かばないのだ。

 彼は軍を動かすに当たっての戦術については齧った程度に過ぎない。そのため、物量で押せると判断した後はもう任せるしかしない。


 その代わりに、戦いのコントロール……彼の専門分野である戦略から意見を出しておく。


「……ですが、全体の損害を抑えるために一巡目の奇襲側で敵兵を釣りましょう」

「ほう……して、どうやって? 蝦夷地における各戦線を放棄した賊軍を釣れるだけの魅力的な餌に心当たりがおありですか?」

「ありますよ」

 

 山田の試すような言葉に壱心は平然と答えた。その答えに全員の注目が集まる中で壱心は手を首において告げる。


「私の首です」

「は……それはそれは……」


 この場にいる主たる面々が壱心の淡々とした態度に息を呑む。現時点で一生安泰と言えるだけの功績を立てたというのにこれ以上を積む気か。一部の者たちは興味深そうに壱心を見て続きを待った。その期待に壱心は温い答えを出す。


「勿論、食われるわけにはいかないので活きの良い疑似餌を用意するわけですが」

「でしょうなぁ」


 緊張から脱力。彼らの内の多数が気を緩めた時点で壱心の要求がかなり通りやすくなった。彼はそれを理解した上で続ける。


「丁度いいところに罰を与えるべき人物が居ましてね……尤も、彼はこれを名誉として受け入れるでしょうが……」


 その言だけでごく一部の者は察したようだ。だが、大多数が分からないため壱心の説明が入る。


「では、詳細に移りますが……これより話すことはくれぐれもご内密に。そして、実行の暁には動揺することなく、迅速な行動を願います」


 箱館戦争、その終わりが近付く。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る