第239話 大いなる誤解 その二

 三人で歩くのはずいぶん久しぶりだ。


「――で、どこまでいった?」


 道すがら、リズが唐突とうとつに聞いてきた。


「今朝までベッドの上でした」


 あれから協会の外へは一歩も出ていない。


 ぎょっとリズが目を見張る。


「なんです?」

いさぎよいな」

「どうせリズもシャルムも知ってたんでしょう? わざわざ聞くなんて意地が悪いですよ」


 何もかもどうでもよかった。

 何でまだ生きているんだろうって。あのまま死なせてくれればよかったのに、と。


 犠牲を無駄にしないために成功させなければならなないだって?


 成功ゴールにたどり着くまでに、一体どれだけの犠牲が出るんだ?


 実験台になるのは強制じゃない。どこまでも個人の意思を尊重し、あくまでも志願という形で行われる。


 報奨という名のエサで釣って。


 そんなことを続けるくらいなら、死んだ方がましだ。

 国なんて滅びてしまえばいい。


 頭で考えれば、この国が滅び、女王陛下のご加護が失われれば、国民の大半が魔物によってなすすべもなく殺され、食われることはわかっている。

 多くを救うための少ない犠牲だ。


 陛下リズは決断した。


 俺には情けないことに、そこまでの覚悟がない。


 だけど、さっきリズが言った頼みたいことがあるという言葉。

 もし俺にもまだできることがあるのなら、やるべきなのかもしれない。


「俺はまだ、これでよかったのかって思う気持ちはありますけどね」

「まあ……どうしようもねぇところもあるだろ」

「僕もそう思う。若すぎたとは思うが、同意の上なら目をつぶる」

「そう簡単に割り切れればいいんですけど……。ただ、リズに殴られて、一応は目が覚めました」


 ははっと弱々しく笑う。


「なんでそこでさっきの話が出てくるんだよ」

「え? なんでって……」


 三人で顔を見合わせた。


「俺が引きこもってた話ですよね?」

「お前とあのガキがセックスしたって話だろ」

「はぁ!?」

「リズ……そういう言葉を往来で使うな」


 いきなりぶち込まれた言葉のインパクトが大きすぎる。


「いや……意味がわからないんですが。俺とソフィが? いやいやまさか」

「朝まで同じベッドにいてそれはないだろ」

「何でそういうことになるんですか!? そんなこと一言も言ってません! 誤解です!」

「今さらはぐらかすのか?」

「はぐらかすとかではなくてですね、ないものはないんです!」


 ソフィといいリズといい、なんでこんな話になってるんだ?


「ちっ。まだなのかよつまんねぇな。さっさとヤっちまえよ」

「いやいやいや。まだ子どもですよ? 何考えてるんですか」

「ガキっつってももう女だろ。それともアレか。たねぇのか」

ちます!」


 思わず大声を出してしまった。

 周囲の視線が集まっていた。


「だから往来でそういう言葉を使うなと言っている」


 シャルムが苦言をていすが、リズは止まらない。


「じゃあどこまで行ってんだ?」

「どこまでもなにも、何もありません」

「キスもまだなのか!?」


 今度はシャルムが声を上げた。

 勢いはあるが、音量はほどほどだ。


「シャルムまでやめてくださいよ。あるわけないじゃないですか」


 ソフィと俺が?

 あり得ない。


 再び二人が顔を見合わせる。


「あそこまで世話になっといてそれはないだろうが」

「弟子として以上のことをしてもらって、そのことはすごく感謝しています。でもそれとこれとは別です。ソフィは弟子で、それ以上でもそれ以下でもありません」


 二人は歩きながら、こそこそと話を始めた。


「こいつマジか?」

「どうやら本気のようだ」


 ぎりぎり聞こえる大きさなのはわざとなのか。わざとだよな。


「しらばっくれてるんじゃねえの?」

「そう願いたいが、誤魔化しているような反応ではなかった」

「それにしたってよ、いくらなんでも……」

「ああ、さすがにな」

「無理にこたえろっつうのも変な話だけどな」

「これは気づいてもいない可能性がある」

「んなバカな。……いや、そうかもしれねぇ」


 うーわー。

 という軽蔑けいべつの顔が二人分こちらを向く。


「クズだ」

「クズだな」

「さっきからなんなんですか!」 


 リズとシャルムは俺の顔をじっと見ると、ふいっと顔をらした。


「――さて、飲むぞ」

「ほどほどにな」

「ちょっと!」


 文句を言うも、店に着いてしまい、話はうやむやになった。






「ったく、昼間っから潰れてんじゃねぇよ」

「すみませ~ん」

「あの、先生は病み上がりなので……」

「んなこたこいつもわかってんだから自制しねぇのが悪ぃ」

「あはは~」

「シャルムさん、先生の解毒をしてくださいませんか? わたくし、あまり得意ではなくて」

「しない。ソフィもするな。明日のたうち回ればいい。自業自得だ」

「それではリズさんが大変では?」

「一人かつぐくらいわけねぇよ。引きずるほどじゃねぇし、すぐそこだ」

「ですよね~」

「てめぇに言われるとムカつく」

「あはは~す~いませ~ん」

「なあシャル、やっぱこいつここに捨ててかねぇ?」

「だめだ。周りに迷惑がかかる」

「リぃズぅぅぅ~そんなことい~わないでく~ださいよぉ~」

「…………うぜぇぇ」

「吐かないだけリズよりましだ」

「ですよね~?」

「てめえの前で吐いたことはねぇ! ……ったくこんなヤツのどこがいいんだか」

「ノトにだっていいところはある。なあ?」

「もちろんですわ! 先生は素晴らしいお方です!」

「素晴らしい、ねぇ……。――おい、シャル」

「僕が聞くのか? リズが自分で聞けばいいだろ」

「いいから」

「はぁ……。あー、ソフィ、答えたくなかったら答えなくていいんだが……」

「なんですの?」

「そういう前置きはいらねぇだろ」

「ちゃちゃを入れるな。ソフィ、ノトのことをどう思っているんだ?」

「魔法陣師としても、先生としても尊敬しています。いつか先生みたいな魔法陣が描けるようになるのがわたくしの目標です」

「そうじゃなくて……なんというか……ノトのことは好きか?」

「もちろん、大好きですわ! わたくしの先生ですもの。当然です!」

「ああ……うーん……師匠としてというわけではなくて……その、あい、愛し……」

「だから、こいつとセックスしたいかって聞いてんだよ」

「リズ!」

「セッ!? ななななななななんてことをおっしゃるのですか!? わたくしが先生と!? そんなことあるわけがありませんわ!」

「あるかないかじゃねぇよ。したいかどうかだ」

「考えたこともありません!」

「リズ、飛躍過ぎだ。ソフィ、つまりは、ノトを愛し……恋愛感情があるかという質問だ」

「そんな、恋愛感情だなんて……ありませんわ。先生は先生ですもの。それにわたくし、まだ恋というものがわかりませんし……。大体、わたくしはリズさんが……」

「あ? 何だって? はっきり言えよ」

「いいえっ、なんでもありませんわ」

「んだよ。にしても、まだまだガキだってことか。つまんねぇの」

「……すみません」

「謝らなくていい。変なことを聞いて悪かった。――よかったな、リズ」

「何が。よかったのはシャルの方だろうが」

「僕は別に……っ」

「あ、もしかして、お二人は先生のことが……」

ちげぇ!」

「違う!」

「俺のことが~なんです~?」

「何でもねぇ!」

「何でもない!」

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