第238話 大いなる誤解

「なんだ?」

「あの、先生はリズさんと、その……」


 ソフィの言葉が止まる。


「リズと、なんだよ」

「ええと……」

「はっきりしろよ。リズがどうした?」


 歯切れの悪かったソフィが、覚悟を決めたかのように、ぐっと手を握り込んだ。


「先生とリズさんは、そういう、ご関係だったのですか?」

「そういうって、どういう?」

「それは、その……こい、びと、と言いますか」

「リズと俺が!? んなわけないだろ。なんでまた」

「さっき……たぃぃ……がどうとか……シャルムさんではなく、先生を頼ったとか」


 退位?


 ああ、俺が勢いでうっかり口走ったのか。


「したよ」


 ソフィが息を飲んだ。


 当然の反応だ。

 いずれそうなるとわかっていても、急すぎる。


 でも。

 

「それが何で恋人だって話になるんだよ」

 

 重要事項を真っ先に聞かされたから、ということだろうか。


「そんな! 先生は、リズさんと、その……した、のに、恋人にはならないっておっしゃるんですの!? だめですわ! 大切にして差し上げないと!」

「リズとした? 何を?」

「それ、は……」


 さっきのシャルム同様、ソフィはパクパクと口を開閉し、言葉を続けようとしない。


 退位したらリズと恋人になって大事にしないといけない?


 なぜそうなるのかさっぱりわからない。


 リズとした。

 退位。

 恋人。

 大切に。


 退位……恋人……退位……恋人……たいい……こいびと……。


 あ。


 もしかして、体位、か?


 リズとした。体位。恋人。大切に――。


 まさかソフィは、俺とリズがセックスしたと思ったのか?

 なるほどそれならこの反応もうなずける。


 って。


 アホかーーーー!!


 リズと俺が?


 ないないない。それはない。


 そりゃ美人だし、おっぱいがでかくて、腹とかも鍛えているわりに柔らかそうな感じがするし、たまにいい匂いもする。


 正直魅力的だと思う。

 目のやり場に困ることもある。

 誘われたら拒否できないと思ったこともあった。


 けど、今となってはもう絶対にあり得ない。


 だって女王陛下リズ(元)だぞ!?


 そんな間違い起こせるわけないだろ!


 万が一子どもなんてできようものなら悲劇を通り越して喜劇だ。


 国民に八つ裂きにされるかもしれない。

 

 リズはしかるべき相手と正式な手順を踏んで――。


 と、ここまで考えて、ある記憶が蘇った。


 リズ、アルトで行きずりの関係を持っていなかったか……?


 ……。


 …………。


 いやいや。


 いやいやいや。


 いやいやいやいや。


 女王陛下に限って、そんなことあるわけが!


 あるわけが……!


 ある、わけ……が……。


 ……やめよう。


 これ以上考えるのはよくない。


 未婚の女王陛下が純潔を守っていないなんて。

 そんな現実知りたくなかった。


 そもそも陛下が処女かどうかなんてこと、考えたくもなかった。


 いやしかし、それなら俺にもチャンスが……!?


 って、違う!


 何を考えているんだ俺は!

 

「ソフィ、誤解だ。俺とリズはセッ――男女のいとなみはしていないし、恋人などでは断じてない」

「でも……さっき……」

「念のため言っておくけど、体位じゃなくて、退位な。女王をやめたってこと」

「なんだ、私はてっきり……」


 そう言ったあと、ソフィはさらに顔を赤くした。

 首まで真っ赤で、頭から湯気が出そうだ。


 リズの玉発言のせいかと思いきや、はるかに先のことを考えていた。

 令嬢らしい反応では全くなかったわけだ。


「お前、どこでそんな知識つけてくるんだよ……」


 ご令嬢の場合は、結婚するときに母親から教わるとかではないのか? 

 婚前交渉なんてあり得ないんだし。


「……近所の……奥様方が……」


 とうとうソフィはしゃがみ込んでしまった。

 ひざに顔をうずめている。


「知識があるにこしたことはないが、ほどほどにな。無闇矢鱈むやみやたらにするものではないんだから、自分も気をつけろよ。結婚するまでは男に肌を見せるなと言われて育って来ただろ?」


 露出度高めの服装をしているが、この場合の「肌」はそこじゃない。はずだ。


「はい……」


 消え入りそうな声でソフィが言うと、そこへ、バタバタとリズが駆け込んできた。


「おっせぇよ! ――っと、邪魔したか?」


 俺たちの様子を見て、リズがにやりと笑った。


「いえ、大丈夫です。ってか俺たちもですか?」

「ったりめぇだろ! 乳繰りあってねぇで早く来い!」

「……」


 絶句。


「リズ……そういう言葉を使うのはやめて下さい」


 言葉遣いは悪かったが、こんなに下ネタは言っていなかっただろう。

 タガが外れたんだろうか。


「反応が面白おもしれぇからな、つい」


 にやにやと笑いを向けるのは、いまだうずくまっているソフィだ。


 ソフィが恥ずかしがっているのはそれじゃないですよ。


 とは言わないでおく。


「ソフィ、行くぞ」


 俺が言うと、ソフィは、うううぅぅぅとうなった。


「ひとりにしてください……」

「却下」


 言い放ったのはリズ。


「……ではせめて、先に行っていてくださいませ」

「出て右行った先の角のナルミ亭だ。早く来いよ。――おら、行くぞ」

「ちょっと、リズ! ――ソフィ、気にすんなよ」

「はいぃ……」

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