第237話 言いすぎ

 リズが、はぁ、と短くため息をついた。


手前てめぇは規則なんてもんを守るタチじゃねぇだろうが。ルール無視して好き放題やってきたくせに。どうせガキどものことで無意味に責任を感じてんだろ」

「違っ、子どもたちのことなんて……っ!」

「ならなんで魔法陣を使わねぇ? 素材集めで他に人員をつけてるってのに突っ走って自傷のような行為を続ける? 挙げ句の果てに薬物にまで手を出しやがって。手前てめぇの役割から逃げて、処罰を口実に楽になりてぇだけじゃねぇか」

「っ!」


 自分では理解していても、他人に図星をつかれるのはこたえた。

 

陛下リズはいいですよね! ただ命じるだけでいいんですからっ! 『時間稼ぎに村を見捨てたりガキどもを実験台に』するのも簡単でしょうよ! 『無意味に責任を感じ』ることもないんでしょう! だけどこっちは! 子どもたちにあんなひどいことをしたんですよ!? ――あなたの命令でっ!」


 最後の言葉を言い放つと、リズの顔にカッと赤みが差し、次の瞬間、俺はほほを殴られていた。


「っ!」


 避ける暇なんてなかった。


 地面に倒れ込み、顔の痛みで我に返る。


 言い過ぎた。


「あ、あのっ、今のは――」

「来い。頼みたいことがある」

「あの――」

悪かったな。――行くぞ」

「はい……」


 足を進めるリズの背中は、謝罪の言葉を拒絶していた。


 簡単なわけがないのだ。


 ドラゴンから逃げかけたとき、やっぱり時間稼ぎのために見殺しにすることはできないと一人で戻っていった。


 俺の町の貧民街に行ったあと、何かを考え込んでいた。なぜ子どもたちに対して誰も何もしないのかと言っていた。


 そんなリズが、少しも苦悩していないわけがないのに。


 俺は何も言えずに、ただリズの後を追うことしかできなかった。






「先生っ! お帰りなさいませっ!」

「……ただいま」


 気まずい空気のまま借りている部屋へと戻りながら、ついさっきあんな別れ方をしたばかりのソフィとどんな顔で会えばいいのかと考えていたが、それは全くの杞憂きゆうだった。


「遅かったな、リズ」

わりぃな、シャル」


 シャルムが先にいて、召喚が嘘だったことをソフィに伝えていたのだ。


「その顔どうされたんですか!?」

「いやまあ、ちょっと……」

「体調は大丈夫なんですの?」

「ああ、そうだな……」


 ソフィに生返事を返しながら、俺はリズとシャルムから目が離せなかった。


 シャルムは無言でリズをにらんでいて、リズはへらへらといつもの軽い笑いを浮かべてシャルムの言葉を待っている。


 と、シャルムが口を開いた。

 

「なんで相談してくれなかったんだ」

「驚かせようと思ってよ。あんときのシャルの顔は見物だっただろ? なあ、ノト」


 話してなかったのか!?


 そして俺に振るな。


「リズ。誤魔化すな」


 シャルムに言われ、リズは一瞬真顔になってから、また表情を崩した。


「言ったら反対するだろ?」

「っ当たり前だ!」


 ほら見ろ、とリズが視線で訴えるが、シャルムはそれを一にらみではねのけた。


「何があったんですの?」

「シャルムから聞いてないのか?」

「先生の召喚は手違いだから帰っていらっしゃることと、リズさんもご一緒だということしか」

「そうか」


 手違いではないが、無難な理由だ。


 退位のことはせておこう。

 正式に退位なさったのかもはっきりしていないのだから。


「僕に言ってくれればもっと上手くできた! なのに僕よりもノトを頼るなんて!」

「そこ!? 退位のことじゃなくて!?」


 斜め上の主張に、思わず口を挟んでしまった。


「退位については、近いうちにリズが決断することは予想していた」


 さいですか。


「こんなやり方をするとは想定外だったけどな!」

「敵から隠すならまず味方からって言うだろ」

「言わない! それに、僕が漏らすわけないだろう!? 完璧な演技もできる!」

「罪人審問が予定にねぇのに気づかねぇのが悪い」

「ぐ……」


 シャルムが言葉に詰まった。


 侍女――というか補佐役としては落ち度かもしれない。


 ……今さらだが、なんで侍女が側近のようなことをやっているんだろうか?


 シャルロッテは侍女だと名乗っていたから、役職についているというわけでもなさそうだ。

 何より政治に加わるには若すぎる。実力がものを言う審査官とは違うのだから。


「だから悪かったって。過ぎたことをぐちゃぐちゃ言ってんじゃねぇよ。玉の小せぇやつだな」

「な……!」


 いやいや、玉はないだろ玉は。


 言われたシャルムは顔を真っ赤にして絶句したまま、魚のように口をパクパクと動かしていた。


「おら、取りあえず飯行くぞ」

「まだ話は終わってない!」

「一仕事終わったんならまず酒だ。話はその後」

「飲んだら聞かないだろう!? リズ! 待てと言っている! ――ああもう!」


 バタバタと二人が出て行く様は、嵐のようだった。


 ふと横を見ると、ソフィまで赤くなり、両手で顔を覆っていた。


 これが世の令嬢の正しい姿だよな。


「先生、あの、お聞きしたいことが……」


 すると、視線をさまよわせながら、ソフィが言いにくそうに切り出した。

 

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