第236話 バドゥとの取引

「じゃあ俺は、リズの逃亡の協力をするためにあの場に呼ばれたってことですか? 嘘までつかれて?」

「そうだっつってんだろ」


 なんでそんなことを。


 俺はしゃがみこんで頭を抱えた。


「女王陛下が逃亡あそばせるので協力するようにっつわれても困るだろ」

「そりゃあ困りますけど……」


 今までもっと困らされてきた気がする。


「なんで逃亡なんかしたんですか。は今まで不自由なく出入りしてたんですよね」


 しゃがんだままリズを見上げると、リズはバツが悪そうに顔をそらした。


「たい……た」

「なんですって?」

「だから、たいいしたっつってんだよ!」


 たいい……?


 退位!?


「はぁぁ?」


 俺は勢いよく立ち上がってリズに詰め寄った。


「退位って、退位ですか?」

「ん、ああ」

「ええと……退位の意を表明したってことですよね?」

「いや、宣言してやめてきた」


 やめてきたってなんだ、やめてきたって。


「いやいやいや、式典とか――」

「ちょ、声がでけぇ!」

「……式典とかっ、ありますよね!?」


 リズに指摘されて声は抑えたが、口は止まらない。


「退位の儀と即位の儀! それをもって譲位とするんですよね!? 俺だってそのくらいは知ってますよ! 反対されるのが面倒だから少しの間行方をくらませるとか、そういうことですよね!?」


 リズがふいっと目をそらした。

 

「ちょ、待ってくださいよ! 女王ですよ!? 店を畳むとか辞職するとか離婚するとか、そういうのとはわけが違うんですよ!? ちゃんと手順を踏んでくれないと! やめた、ってそんな簡単に――」

「うるっせぇな! とにかくあたしはもう戻る気はない。女王は妹が継ぐから問題ねぇ。後のことはバドゥに一任した。悪いようにはしねぇだろ」

「そうだ、バドゥが言ってたじゃないですか。準備ができたって。ちゃんと式典やって譲るんじゃなかったんですか?」


 あのとき、リズはとても不本意そうにしていたけれど。


「……妹は向いてねぇんだよ。優し過ぎるし人を信じ過ぎる。少なくとも今すぐに立てる状況じゃなかった。年齢的にもな。バドゥはそんな妹に取り入って実権を握るつもりだ」

「ならどうして自分から」

「ノトも知ってるだろ。リズあたしのことはバドゥにバレてんだ。で、あの場――月審でそのことを暴こうとした」


 リズが後ろにくくった髪に指を通した。


「この髪を見りゃ、誰もが正統性を疑うだろ。そうすれば国の基盤が揺らぐ。まつりごとがどうとか王位の簒奪さんだつだとかっつぅ話じゃねぇ。かつて魔物を殲滅せんめつした少女とその娘である初代女王の血脈――それ以外が玉座に座るだなんてことは許されない。国民は想像すらしたことねぇだろ。あの場でこの髪色を見られたら、もみ消す前に外に漏れる」

「だから一方的に宣言だけして逃げてきたって言うんですか」

「これはバドゥとの取引だ。あたしが引退して譲位に関する全権を――次代女王の信頼を真っ先に得うる地位をくれてやる代わりに、リズあたしのことは黙るっつぅな。今日の月審で強行手段に出るっつぅ情報にしても、あっちがわざと漏らしてんだとわかっていながら、それに乗るしかなかった」


 リズがギリッと奥歯をかみしめた。


「じゃあ、こうなる前にバドゥを……その……」

「殺しゃよかったってか?」


 最後まで言えずに濁した言葉を、リズに拾われる。


「暗殺をしたことがねぇなんて綺麗事は言わねぇよ。時間稼ぎに村を見捨てたりガキどもを実験台にしてんだ、一人殺して収まんならとっくにやってる。けど、リズあたしのことを知ってんのはバドゥだけじゃねぇ。迎えにきたとき他にも兵がいたろ? バドゥを消したところで明るみになるのは時間の問題だった」

「いくら退位を宣言してこれからのことをバドゥに任せたって言っても、それだけじゃ納得しない人もいるでしょう。そんな強引な手を使うくらいですから、バドゥに敵は少なくないでしょうし。退位の儀が行われない限り即位の儀もできない、と反対意見が出るに決まっています。今までだって、その……陛下はおおやけの場にはあまり……。しばらく姿をくらませていても、妹姫さまが即位なさるとは限らないのでは?」

「それはねぇな。ひと月以上空位が続くと支障がある。次はともかく、その次の月審までには即位させるだろ。発表や儀式をすっ飛ばしてでも」


 そういうものなのか。


 ほっつき歩いているリズの下にいたヤツは大変だっただろうな。


 その辺シャルムがフォローしていたんだろうか。

 一緒に過ごした時には、二人ともそんな素振りは見せなかったけれど。


 俺が黙り込むと、リズがはっと顔を上げた。


「んなことどうでもいいんだよ。おら、そろそろ行くぞ。時間が有り余ってるわけでもねぇんだ」

「行くってどこに」

「ノトの部屋に決まってんだろ」

「ちょっと待って下さい」


 つかまれ引かれた腕を引き戻す。


「俺は部屋には戻りませんよ」

「あ?」

「召喚命令が嘘だったとしても、罪は罪です。俺は償うつもりで出頭したんですから。これから王宮に戻って自白します」

「真面目か」

「っ! 真面目で悪いんですかっ!」

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