第234話 逃亡者

 俺は一人で王宮に出頭した。


 協会へ迎えが来ることもなく、シャルムの言葉通り、逃げる余地は十分にあった。


 それでも逃げなかったのは、薬物に手を出した自分の弱さが許せなかったからだ。罪は償わなければならないと思った。


 それと――理由がなんであれ、子どもたちをあんな目にあわせてしまったことが、心に突き刺さっていた。薬物を使い、そのことから逃げた。


 罰を受けようとしているのも逃避には違いない。


 本当は、何が何でも完遂しなければならないはずだ。


 ――彼らの犠牲ぎせいを無駄にしないためにも。


 罰を受ければ王宮での実験は続けられない。

 しかし、裁きから逃げてもどうせ続けられない。


 パースたちに頑張ってもらおう。あいつらならなんとかするだろう。


 もう……疲れてしまった。


 例え下される罰が死罪だったとしても――。


 俺はそれを受け入れる。





 門で名前を告げると、甲冑かっちゅうの胸に親衛隊の紋章をつけたオレンジ色の短髪の男が現れた。


 わざわざ親衛隊が出向くなんて、俺はよっぽどの重要人物らしい。


 ……犯した罪がどうとかというよりも、あの実を手に入れたルートを聞き出したいのだろう。潰さなければ被害が広がる。


 魔法陣用の素材として自家栽培していたのだから、ルートもなにもない。

 最初の種は研究所にサンプルとしてあったやつをちょろまかしたわけだが、そこだけは誤魔化そう。


 勝手知ったる王宮内を歩く。見ようによっては親衛隊を従えているようにも見えるかもしれない。


 月審が行われる、無駄に広い謁見の間にはすぐ着いた。


 重厚な両開きのドアの前には、兵士が二人立ちふさがっていた。


 武器を所持していないことを近衛兵に確認される。

 ナイフの一本も持ってきていないし、魔石を持っているわけもない。身体検査はあっという間に終わった。


 中ではまだ別の審議が行われているらしく、しばらく待つようにと言われた。

 罪人の裁きなど最後の最後のおまけのようなものなのだろう。


 扉の前、兵士二人と近衛兵に前後を挟まれてただ突っ立っていると、突然、バンッと内側から扉を叩く音がした。


「ぐえっ」


 同時に俺は近衛に襟首えりくびを掴まれ、後方へ引っ張られた。


 あいたスペースに剣に手をやった兵士が下がる。


 勢いよく扉を開けて飛び出して来たのは、真っ黒なドレスをまとった細身の女性。

 それが誰かなんて、白く輝く御髪おぐしを見れば一目瞭然だった。


「へい――」

「誰も外へ出さないように」


 扉の向こうから必死の形相で呼びかけたシャルロッテの言葉を強い口調で遮ると、扉を守る兵士は忠実に任務をこなした。


 内側から開けろという怒鳴り声と、扉を叩く音がしている。

 

「来なさい」

「ええっ!?」


 女王陛下は、俺の腕を強くつかむと、廊下を走り出した。


 廊下の角を曲がった所で背後が騒がしくなった。扉が開いたのだろう。


 陛下が俺の腕を引くのをやめ、速度を上げた。

 後ろから近衛兵がついてくるのもあって、俺はわけがわからないまま背中を追った。


 首元まで覆われた露出の少ない細身のドレス。膝下だけがひらひらとしていて、足にまとわりついているのが走りにくそうだ。

 すそから細い足首が見え、ハイヒールも走りにくそうだなと思った。よくもひねらないものだと感心すらする。


 スカートをたくしあげ、靴を脱ぎ捨てればいいのにと、どうでもいいことを思った。

 一国民としては女王陛下のそんなはしたない姿を見たくはないが。


 廊下を曲がり、部屋を通り抜け、道中誰とも出くわさないことに不審を覚えたとき、陛下が飛び込んだのは、物置部屋のような小さな部屋だった。

 周囲を埋め尽くす棚には花瓶かびん燭台しょくだい、小さな木箱が並んでいて、床に置かれた大きな木箱には額縁らしきものが立てかけられている。


 ドアは一つしかなく、通り抜けることはできない。


へいぃぃぃぃ!?」


 道を間違えたのかと陛下を見れば、バサッとドレスを脱ぎ捨てたところだった。


 慌てて体ごと後ろを向けば、近衛兵も背中を向けていた。


 頭を振って、形のいい尻を覆う小さな布と、意外に日に焼けている背中を脳裏から追い出した。


 きぬ擦れの音がなくなったのを機に近衛兵が振り向いたので俺も恐る恐る振り返る。


 そこにはリズがいた。


 下ろした髪は黒く、胸を覆うのは前を編み上げの紐で合わせただけの帯、ショートパンツにブーツ。

 リズは下を向き、引き締まった太ももにナイフのホルダーをつけているところだった。


 いつの間にやらリズの横の木箱にはナイフが並んでいて、それを一本一本ホルダーへと差し終えると、顔を上げた。

 

 いつものリズの顔になっていた。


「あ? 何だよ」

「何だよ、って……。それはこちらの台詞せりふですよね」

「説明はあとだ」


 最後にこれまたどこからか取り出した剣を腰に差したリズは、髪を無造作にくくると、俺の横を抜けてドアへと向かった。


 ドアのノブに触れる前、リズは横へと道を譲った近衛兵に顔を向ける。


「今までご苦労だった。後は頼む」

「お任せください。どうか、ご自愛を」


 リズは返事もなくドアを開け、警戒もせずに無造作に廊下に出た。


「早くしろ。行くぞ」

「行くってどこに」

「ここから出るに決まってんだろ」

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