第232話 何も言わないで

 月例審議会当日。


 朝、協会本部に着くと、いつものように協会職員用に用意されている朝食を一人分受け取って、先生のところへと運ぶ。


 先生はそれをいつものように黙って受け取り、食べる。


 渡した物は、全部食べてくれるようになった。こっそり追加しているおかずも残さずに。吐き戻すこともない。


 私はいつものように、淡々と食事をする先生に向かって色々なことを話す。先生がさえぎらないのをいいことに、見聞きしたこと、思ったこと、考えていることをとりとめもなく。


 横になっているときは、眠っているのかもしれないし、眠りたいのかもしれない。でも食事の時間、体を起こしている間だけは休む邪魔にはきっとならないから。


 先生が療養を終えたときに困らないようにと、一応、先生が気にしていそうな話を探してくる。


 魔法陣に関わる、素材の値動き。 

 トビさんに関わる、ドラゴン討伐のこと。

 リズさんに関わる、王宮で審議されていること。

 シャルムさんに関わる、協会で行われていること。


 協会には様々な情報が集まり、たくさんの人が訪れる。それでいて情報統制は徹底されていない。


 情報を悪用できるほど大人ではなく、かといって全く話を理解できないほど子どもでもない。協会側にはいるけれど、完全に職員というわけでもない。


 そんな私の年格好と立場を利用して、休憩中の職員から、出入りの業者から、依頼を受ける流れ者から、会議に来た役人から、情報を集めるのは簡単だった。不要不急の外出禁止が続いている今であっても。


 家の者や知り合いに見つからないよう、あまり中央には出てこないようにしていたけれど、実際のところは全く見つからない。私には令嬢としての品位が無くなってしまったのかも。こっちからも見つけられないから、単に人口の多さによるものなのかもしれないけれど。

 

 なら、王都に来てすぐの頃、市場でうろうろするだけじゃなく、協会ここにも出入りしていればよかった。

 そうすれば、先生のことにも、もっと早く気づけたかもしれない。


 後悔ばかりが浮かんでくる。


 だけど、それを顔に出したりはしない。

 仮面をかぶるのも、また得意だ。

 

 余計なことを考えていたせいでおしゃべりが過ぎたようだ。いつの間にか、先生がそれをとがめるようにこちらを見ていた。


「あ、長々と申し訳ありません。……まだ時間はあります。それまで、お休みになった方がよろしいですわ」


 私は慌ててからの食器が並ぶお盆を先生の手元から引き寄せた。


 ――


 それはすぐにに変わるだろう。


 、が続くのはここまでだという瞬間がじきに訪れる。


 ずくりと胸に痛みが走った。


 逃げてもいいのだと、シャルムさんは言っていた。


 それは先生に伝えたけれど、先生はそのための準備を全くしてきていない。


 逃げるつもりがないんだ。


 先生らしくない。

 全然、先生らしくない。


 以前の先生なら、協会本部ここをめちゃくちゃにしてでも振り切っただろう。家を焼かれた時のように。


 できることなら、私がめちゃくちゃにして先生をさらってしまいたい。


 トビさんに頼めば、きっとトビさんは文句を言いながらもやってくれる。


 陛下が――リズさんあのひとが死罪と言うのなら、約束なんて全部反故ほごにして、最後の手段としてその手札を使う。


 たけど、先生にその気がない。


 決められたことを受け入れる気なんだ。


 その意思を無視したところで、先生はみずから罰を課そうとするんじゃないか。

 

 禁止薬物のことだけじゃない。


 先生は――私には何なのかわからないけれど――何か別のことで自分を責めている。

 罰せられたがっている。


 そう思えてならない。


 それでも、先生を失いたくない。


 ぐっと唇を噛み締め、お盆を下げようと入り口の方を向いた。


 すると、突然先生が私の手からお盆をさっと取り返した。


「先生……?」


 ここにきてから初めて見せた、先生の反応。


 とっさに、助けを求めてトビさんの姿を探してしまうけど、トビさんは部屋にはいなかった。


 先生はお盆を横に置き、布団から出てベッド脇に足を下ろして座った。


「ソフィ」


 言いにくそうに、目を伏せた先生が私の名前を呼んだ。


 かすれていたけれど、久しぶりに聞く先生の声に、私の名前を呼ぶ声に、ぐっとのどが詰まった。


 先生。先生。先生。


 たったそれだけで、感情がこみ上げて来て、涙が出てきた。

 嗚咽おえつがもれそうになるのを、両手を口元に持って行って押さえ込む。


 泣いちゃだめ。


 咳払いをした先生の決意した顔が、意思の宿るその目が、以前の先生のものに戻っていて、嬉しさで体が震える。


 同時に、やっぱり先生は、罰を受けるつもりなんだとわかってしまった。


 そして――。


 その結果、私は置いていかれるのだと、気づいてしまった。


 先生がどんな決断をしようとも、私は先生を死なせないと決めた。


 だけど、それは私と離れても仕方がないという決断でもある。


 怖い。


 先生の言葉を聞きたくない。


 先生の覚悟を知りたくない。


 お願いですから。

 それ以上何も言わないで。

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