第231話 直視できない

 リズさんたちが来た次の日から、先生は意識を保てるようになった。

 眠っている間はやっぱり暴れるけれど、起きている間には少しずつ食事もできるようになって、トイレにも行けるようになって、回復しているんだという実感が私にももてた。


 だけど先生は一言もしゃべらない。


 出された食事をただ食べて、眠くなったら寝て、の繰り返し。


 それでも、自暴自棄になっているだとか、悲観しているだとか、そういう様子はなかった。

 あの死んだような目をしなくなったのが大きい。先生なりに回復に努めているのだというのはわかった。


 先生が元気になっていくのに安心して、私は少しずつ協会のお手伝いをするようになった。


 といっても、先生から離れたくないから、病室でできる書類仕事がほとんど。


 目を離したら、いなくなってしまいそうで。


 どうせ夜は部屋に戻るし、昼間はトビさんが病室にいるんだから、ずっと見張っている必要も意味もない。ただ私が不安になりたくないだけ。


 先生の寝顔を見てから、運び込んだ簡素な机を使って、走り書きのメモを読んだ。


 掲示板に張り出すためのお知らせで、これを清書して複製するのが私の今日のお仕事。


 こうやって他のことをしていると、先生につきっきりでいたときにはわからなかった、ここ数日の出来事が、目や耳から入ってくる。


 ドラゴンはあれから全く姿を現さない。

 当然だ。だって私の隣で開脚ストレッチをしているもの。探す場所を間違えている。

 まさか王都の中に、それも討伐隊の編成と指揮に大きく関わっている協会本部の建物の中にいるだなんて、誰も思わないだろう。


 もう遠くの巣へと戻ったんじゃないかという憶測と、現れたのは突然だったのだから油断ならないという意見によって、議会は紛糾ふんきゅうした。


 大規模な討伐隊を維持するのにはお金がかかる。

 流れ者を王都に繋ぎ止めておくのにもお金がかかる。稼ぐチャンスがないと思えばすぐに余所よそへ行ってしまうから。


 だけど、議会での対立はすぐに解消した。


 ドラゴンが姿を消した代わりに、あの巨大スラグが王都周辺に姿を現すようになったからだ。


 当然人々はパニックになった。


 女王陛下のご加護が効かない獣。


 街道にさえいれば、最低限身を守れていたというのに、逃げ込む先がない。


 そうなれば、真っ先にとどこおるのは物資と人の移動。隣の街へ行くのでさえためらわれるのだから当然だ。


 しかしその問題は、護衛隊の結成によって解決した。

 毎日行き先ごとに決まった時間に護衛隊が出発する。同行を希望する人はその時間までに門前に集まればいい。 


 私が今書いているのは、その護衛隊の便を増やすというお知らせだ。王都から離れると遭遇率が大きく下がることから、途中まではまとまって移動し、その後分裂することで、人員を削減することができるのだという。帰りも同様に、途中で待ち合わせて大きな集団を作って戻ってくる。


 国軍や協会は、王都にも巨大スラグが現れる事態をすでに想定していたようで、動きは早かった。

 そりゃそうだ。国内で異常事態が起こったのだから、少なくとも王都で同様のことがあったときの対応くらい決めてあってしかるべき。


 皮肉なことに、ドラゴン討伐隊の半数をいたこの護衛隊と、残りの半数によるスラグ討伐によって、ドラゴン討伐隊の人員を無駄にせずに済んでいる。流れ者にも同様の依頼が多数舞い込んでいて、王都へ留めるのに一役買っていた。


 といっても、スラグばかり狩っていては供給過多になった素材の値は下がる一方だし、無限に依頼料を払い続けることはできない。


 ドラゴンの脅威がなくなったとして討伐隊を解散したところで、結局、スラグ対策のための費用は出し続けなければならないのだ。ならばお金がかかるからといって解散する意味はない。

 議論はすぐに費用をどう捻出するか、といった話へと移っていった。


 まあ、いざとなれば、国民は無償でも戦うだろう。

 なにせ女王陛下のお膝元だ。

 今ですら、陛下の御為おんためならばと無償で奉仕している者もいるくらいだから。


「トビさんを外に出して下さればいいのに」


 逆立ちしたままどこまで開脚できるか、といった限界に挑戦しているトビさんに向かって、何度目かの言葉を投げた。


 巨大スラグたちを狩っていたのはやっぱりトビさんだった。だからトビさんがもとのお仕事に戻れば、いずれ解決するはずなのに。


 そうだねー、とバランスを崩して潰れたトビさんが言う。


 もしあのときトビさんを頼らなかったら、と何度も何度も何度も考えたけれど、あれが最善だったという答えしか出てこない。だからあの選択は間違っていない。


 王都がこんな騒ぎになってしまっていても。


 それより――。


「犯人はまだ捕まらないのかしら」


 赤い球と魔法陣。


 誰かの仕業しわざなのは確かで、特命を受けた一部の人たちがくまなく探しているのに、誰も何も見つかっていない。


 痕跡すら見つからないんだ! と昨日パースさんが先生が寝ている間に愚痴っていった。


 ボクも見たことないよ、とトビさんが言っていたから、ずっと遠くから来ているのか、それとも――痕跡が残らなくなったか。


 ダメね。


 考えていてもらちがあかない。


 スラグがドラゴンもどきになった所に居合わせた私は、その辺の人たちの知らないことを知っているはずだけど……それでもわかっていないことが多すぎる。


 考えるのはまた後にしよう。


 今はお仕事をしなくっちゃ。




 一番考えなきゃいけないのは、月審の日がもう目の前に迫っていることだったけど、私はそれから目をそらし続けていた。

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