第229話 他人事

「恐れ多くも女王陛下が秘蔵の魔法陣を下賜かしあそばされるとおおせになったのにも関わらず、あの赤髪のおばさんの持ってたこっちの魔法陣の方が効果があるんだってよ。ったく、マザコンにもほどがあるだろ」


 リズさんが、両手を肩の位置で広げて、やれやれと首を振った。


 他人ひと事のように言うけれど、リズさんが女王陛下なわけで、つまり、リズさんのための魔法陣を先生に使わせようと思ったら、その親切心が無駄になったということ?


「都合よく内臓の損傷に特化しているようだが、それでも女王陛下に献上されたものよりも高度な魔法陣が、協会会長とはいえ一国民が所持しているという状況があっていいものか。そんなものが作れるのなら、当然陛下の御身のために使われるべきだろう」


 シャルムさんが、ギリッと歯を鳴らした。


 本人の目の前でシャルムさんが怒っているけど、当の本人はあきれてはいても気にしてなさそう。


 それに、王宮の外に出て危険な場所に自ら出向いているというのに、今更「御身のために~」と言われても、どう反応したらいいものか。

 外で傷を負えば、いくら王宮に魔法陣がそろっていても意味がないのに。


「先生は無事ということなのでしょうか?」

「ああ。順調に回復している。禁断症状は出るだろうが、体の傷は数日で治るだろう。魔力の消費が激しいから、定期的に補給しないといけないが、それ以外は安置しておけば問題ない。ご丁寧に体が動かないように強制する効果まであるそうだ」

「まるで今のノトのためにあつらえたような魔法陣だよなぁ。ほんっと食えねぇ、あのババア」


 先生の先生に対してそんな言い方ができるのはリズさんだけだと聞いたことがある。


 私は、先生が禁止薬物に手を出したのは先生の先生が酷いことをしているからだと思っているから、正直なところ、リズさんにはもっとボロクソに言って欲しい。


「っつーわけで、部屋に帰っていいぞ。ここにいてもやることはねぇよ」

「いいえ、わたくしは先生のお側におります」


 当然だ。


「心配する気持ちは理解できるんだが、それよりあのドラゴンを見張っていてもらえないだろうか」

「トビさんを?」

「何があったかは大体わかっている。それをとがめる気はない。ノトがいなくなるとこっちとしても困る。だが、騒ぎが王都だけでなく国中に広がりつつある。今姿を現されると収拾できなくなるし、トビの安全も保証できない。僕たちのコントロールできる範囲を超えている。だから間違っても国民の前に出てこないように見張っていてくれ」


 騒ぎが国中に。


「女王陛下のお膝元だからな。陛下をお守りするのが国民の務めってこった。ったく、女王ごときに何を大げさな」

「リズ。陛下の御身がこの国にとって真実重要なのはわかっているだろ?」

「へいへい。わかっていますよ。大切ですよ」

「リズ……」


 もう、何なのこの人たち。

 どうしてそんな他人ひと事のような言い方をするの?


「あの、トビさんのことなのですが……」


 言い合っていた二人がこっちを見た。


「帰ってみないとわからないのですが……いらっしゃらないかもしれませんわ」

「まだ戻って来ていないかも、ということか?」

「それもあるのですけれど、ここ最近ずっとトビさんは帰っていらしたりいらっしゃらなかったりで、個人――個ドラゴン? 行動をされているのです」

「あぁ!? どういうことだそれは!」


 リズさんが詰め寄ってきた。


「……そのままの意味ですけれど」

「こんのクソ魔法陣師がっ!」


 ひるがえったリズさんが、先生の頭の上で足を振り上げた。


「ちょ、やめて下さい! 何するんですか!」


 後ろから羽交はがい締めにする。


「協会はトビを監視するという条件つきで生かしておくことを許したはずなんだが……」


 目に手を当てて天井をあおぐシャルムさん。


「王都に入れるときも約束したよなぁ!」


 リズさんが先生に向かって言うけど、当然先生からの反応はない。


 そんなこと、私は聞いてないし……。


「クソッ、さっさとバラして素材にしちまえばよかったんだ。こいつはもともとそのつもりだったんだから」

「ひどいですわ! トビさんがいらっしゃらなかったら、あのドラゴンのようなスラグだって見つけられませんでした!」

「あれは王都ここに来る前の話だろうが!」

「今だって、先生を助けて下さったんですのよ! トビさんが、トビさんがいなかったら、先生は……。――それに、王都ここの近くに巨大スラグも出ていますのよ。今まで知られていなかったのは、きっとトビさんが防いで下さっているのですわ!」

「どうだか。案外あいつが呼び寄せているのかもしれねぇな」

「そんなことするわけがありません!」

「やめろ、二人とも」


 シャルムさんに止められて、私はふー、ふーと肩で息をした。


「ソフィ、今日のところは帰ってくれ。ノトはこちらで見ておくから。それで、トビが戻ってきたら――」

「見てればよろしいのですね」

「逃げられんなよ」

「リズ! ――ソフィ、頼んだ」

「先生のこと、くれぐれもよろしくお願いいたしますわっ!」


 売り言葉に買い言葉のような勢いで協会を飛び出し、暗い夜道を一人で歩いていて、少しずつ後悔がこみあげてきた。


 何を言われようとも、先生の側にいた方がよかったんじゃないか。

 私がいない間に何かあったら……。


 本当に先生は大丈夫なのだろうか。

 最初の予想が当たっていて、動かしたら危険だから動かせなかったんじゃないか。


 ぐるぐるぐるぐる思考が落ちていく。


 だけど私は協会には戻らなかった。

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