第228話 移動できない

 ノックの音の後、部屋のドアが開いた。


「やっぱりここっすか」

「夕食は食べました?」


 げっそりとした顔のラルドとシュスタが現れ、口を開くのさえ億劫おっくうだというように、ゆっくり話した。


「もう夜?」

「夜中っす」


 そんなに時間がたっていたなんて。

 魔法陣は光を放っているから、外が暗くなっていることにも気がつかなかった。


「私たちも、報告を終えてこれから食事なんです」

「一緒にどうっすか?」

「でも、先生が……」


 先生がここにいて息をしているのを見ていないと不安になる。


「行ってこい」

「シャルムさん!」


 開いたままのドアから顔を出したのは、銀髪の特別審査官、シャルムさんだった。


「シャルム・ローイック!?」

「な、なんでここに……!」


 驚いているラルドとシュスタを無視して、シャルムさんが近づいてきた。


「ノトを王宮に移す。準備をするからその間に食べて来い」

「ですが……」

「治療は長引く。倒れるぞ。 ――入ってくれ!」


 シャルムさんが声をかけると、協会職員の制服を着た魔術師が五人入ってきた。

 私は立ち上がり、シャルムさんを含む六人が先生を囲んで見下ろしているのを見て、胸元で手をぎゅっと握った。


「勝手に動かしたりはしないから、早く行ってこい」

「……わかりました。よろしくお願いいたします」


 目を白黒させているラルドとシュスタをうながして、部屋を出た。


「何なんですか、何なんですか」

「シャルム特審官と知り合いなんすか?」

「王宮に移すってどういうことです?」

「ノトさんって一般人っすよね?」

「一国民が王宮で治療を受けるなんて聞いたことないんですけど」


 ロビーに行くまでの間、二人に質問攻めにされたけど、私は答えなかった。

 というか、二人が矢継ぎ早に聞いてくるものだから、答える隙がなかった。


 王都とはいえ、真夜中にやっている店は少ない。


 歓楽街や宿の多い場所にはたくさんあっても、中心部近くは規制があることもあって、数えるほどしかない。


 ましてや今は外出禁止令が出ている。

 開いている店があるわけもなかった。


 外に出た瞬間、それに気がつき途方に暮れる。

 明かりが全然ない。


「もしかしてシャルム・ローイックだけじゃなく、リズとも知り合いなんすか?」

「ちょっと待って。店が開いてないんだけど、どこで食べたらいいの?」

「ああ、食事ですか? こちらです」


 シュスタが協会の中にある職員用の食堂に案内してくれた。

 最初から連れて行ってくれればよかったのに。


 二人は質問するのに夢中で、他のことは全く目に入っていないようだった。

 私の答えを待つことさえしないのはどうしてなの。


「ストーップ!」


 食事中も聞いてくるものだから、私はついに二人を制止した。


「シャルムさんとリズさんは先生がお知り合いなの。それだけ」

「そういえば、ノト・ゴドールはドラゴン討伐に同行していたんでしたっけ」

「だからソフィさんも面識があるっすね」


 先生はしただけじゃなくて、あれは三人で討伐したんだけど。


 と、ムッとしたけど、今言うと面倒なことになりそうだったのでやめた。

 私はその場にいたわけじゃないし。


 食事くらい静かにさせて欲しい。


 疑問が解消してすっきりしたシュスタとラルドは、今度は上への報告が大変だったと愚痴を言い合っていた。


 先生を重体にしてしまったことが一番まずくて、巨大な蛇が現れたことが一番説明が大変で、森の中を荒らしてしまったことも結構怒られて、馬車を置いて来たことはまだ言っていないらしい。


 そして明日からドラゴン討伐の事務処理に駆り出されるとか。



先生のことは……私と禁止薬物のせい、なのであって、二人のせいじゃないんだけど。


「俺たちは明日から地獄なんで、もう帰って休むっす」

「ソフィさんも無理しない方がいいですよ」

「今日はありがとう。ゆっくり休んで」


 私は一人で先生の居る部屋に戻った。


「戻りました」


 部屋の中には、リズさんとシャルムさんしかいなかった。魔術師がいなくなっている。


 リズさんは座ったまま、椅子の背もたれに腕をかけるようにして振り返り、私を見ると視線をそらした。


 魔法陣のすぐ近くて先生を見下ろしていたシャルムさんは、体ごと私の方に向けてから、顔をくしゃりとゆがめた。


 やめて。

 聞きたくない。


 嫌な予感がして、私は首を振った。


「ノトの容態を確認した」


 やめて。


「王宮へは移さないことになった」


 お願い。


「動かさない方がいいと。パースジェラルド殿の見解も同じだ」


 やめて。やめて。やめて。


「正直、これほどとは思っていなかった」


 聞きたくない。


 私はスカートを握りしめ、ぶるぶると震えた。


「シャル」


 リズさんがシャルムさんをとがめる。


「その言い方はよくない。はっきり言ってやれ」


 嫌。

 やめて。


「そうだな――」


 嫌だ嫌だ嫌だ。

 聞きたくない。やめて。聞きたくない。


「――回復が想定以上に速い。下手に動かして別の方法を取るよりも、このままこの魔法陣を使っているほうがいいという結論になった」


「………………へ?」

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