第227話 別格の待遇

 ラルドに推進をかけてもらって王都まで戻ると、大変な騒ぎになっていた。


 ドラゴンが現れたらしい。


 小型とはいえ、ドラゴンだ。魔物だ。


 それが王都近くに現れた。


 そして恐るべきことに、ドラゴンの接近に誰も気がつかなかった。


 発見されたのは、王都のすぐ近く。

 辺境にいるはずのドラゴンがこんな所まで来ていたのに、誰もそのことを把握していなかった。


 幸い、ドラゴンが王都に侵入することはなかった。

 これもすべて女王陛下のご加護によるものだと人々は口々に言ったが、最悪の事態を免れただけであって、いつ何時なんどき襲われるかはわかったものではない。


 王宮と協会を中心にすぐさま討伐隊が編成され、各地に伝令が走った。

 王都内は外出禁止令が出され、店は全て閉店。屋外を歩くのは憲兵や協会職員くらいだった。


 全裸の露出魔の目撃情報など、あっという間に消え去った。



 私たちが街門に着いたときは、門はほとんど閉まっているようなもので、わずかな隙間から入った。


 物々しい雰囲気でみなぴりぴりとしている中、身一つで現れた私たちは変な目で見られたけれど、ドラゴンと関係があるわけもなく――ないと思われて、特に尋問などされずに王都に入ることができた。


 いくら街門を守ったところで、ドラゴンが飛べば城壁を越えてしまうのだから意味がない。でも、守りたくなる気持ちはわかる。


 私たちは真っ先に協会に向かった。


 トビさんが目撃されたのなら、先生はもう王都にいる。ならば治療のために協会にいるはずだ。


 協会の入り口はひっきりなしに人が出入りしていて、上へ下への大騒ぎだった。


 ごった返したロビーでは誰に話したらいいのかわからず、右往左往してしまった。


 しかしさすがラルドは職員なだけはあって、適当な職員を呼び止めると先生のことを聞いて、先生のところまで連れて行ってくれた。


「邪魔しないように注意するなら入ってもいいそうっす」

「ありがとう」


 報告があるからとラルドとはその場で別れた。


 ドアをノックしてそっと開けた。


 石畳の床に大きく分厚い丈夫な紙が敷かれていて、先生はその上の革の敷物に寝かされていた。


 紙全体を使って描かれているのは魔法陣。

 淡い黄緑色の光を放っている。


 先生の描いたものなのかもしれない。


 ドアを大きく開けて部屋の中を見回すと、壁際に先生のご友人のパースジェラルドさんがいた。椅子に座り、足と腕を組んで、難しい顔で先生を――もしくは魔法陣を見ている。


 私がドアの隙間から滑り込み、静かにドアを閉めると、パースさんが私に気づいて眉を上げた。

 しかし何も言わず難しい顔に戻ってしまう。


 私はパースさんの隣に立った。


 部屋の中には他に誰もいない。


 魔法陣の上の先生と、眉間にしわを寄せているパースさんと、その横の私だけ。


 なにか世話をするでもなく、詠唱をするでもなく、薬を調合するわけでもなく、ただ見ている。


 今は魔法陣の効果にゆだねるしかないってことなんだろう。


 その魔法陣は、様々な色で塗り分けられているように見えて、目をらせば細かく線が描き込まれているのがわかった。


「ノトは何をやったんだ?」


 何の前触れもなくパースさんが言った。


「何を……というのは?」

「何を摂取したのかと言うべきか。内臓が壊死えしし始めている。尻から出ていたのは血だけじゃない。筋肉の溶解も起こっている。そのくせ意識のないまま大暴れする。死んでいてもおかしくない、というより、生きているのが不思議だ。ノトも相当苦しかっただろう。激痛なんてものじゃない。何を口にしたらこんなことになるんだ?」


 私はあまりのことに口元を押さえた。


「わ、わかりません……」


 それだけ言うのが精一杯だった。


 治療の役にたつのなら言うべきなのかもしれない。けど、私も詳しい名前は聞いていない。


「まあ、というのは今明らかにする意味はない。どうせ解毒できる状態じゃないからな。内臓が回復しないことには手のほどこしようがない。――こいつも、まさか自分が用意した魔法陣を使うことになるとは思っていなかっただろうな。目を覚ましたらショックを受けるだろう。描いても描いても終わらなくて泣きながら描いたと言っていたから」


 パースさんは、くっくっく、と意地悪そうに笑った。


 目を覚ましたら――という言葉を聞いて、体の力が抜けた。こんなに力が入っている自覚はなかった。


 先生は、目を覚ますんだ。


が連れてきたのか知らないが、裏通りに倒れていたそうだ。たまたま俺がいて局長のまな弟子だと伝えたからこんな別格の治療を受けている。これで死なれちゃ困る。治療費で当分タダ働きすることになるんだからな。今の案件が片づいたら、だが。全く、こんなときにの目撃情報まで出て、こっちの身にもなってくれ。対処しなくてもいいなんて言えないんだ」


 何もかも悟ったパースさんは、私をにらんだ。


 私は間違ったことをしたとは思ってない。

 先生を助けるのが何よりも優先すべきことだから。……私の命よりも。

 守ってくれた先生は怒るだろうけど。


「まあ、ノトの命を繋いでいてくれたことは、ノトの友人として礼をいう」

「はい」

「進めていた案件が遅れている。安定したようだから失礼するよ。何かあったらパースジェラルドの名前を出してくれ」

「わかりました」


 部屋を出て行ったパースさんの代わりに、私は椅子に座った。


 トビさんは大丈夫だろうか。


 討伐隊が組織されているのだから、今はまだ無事。

 人の姿であれば――裸だけど――ドラゴンだとはわからない。


 なにか羽織るもの持たせてあげれば良かった。

 

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