第226話 嘘つき

「あれですわ!」


 先生の乗っている馬車を見つけて、トビさんに声をかけた。


 トビさんは馬車を確認すると、滑空するように滑らかに降りていく。


 後ろのからの馬車のすぐ後ろについたところで、馬車の速度が突然速くなった。


「え?」


 トビさんがそれに合わせて速度を上げた。

 といっても、トビさんのほうが速く飛べるからから、馬車の速度に押さえて飛んでいることになる。


 どうやって馬車を止めようかと考えていると、馬車の扉が開き、杖を構えたラルドが体を半分出した。


「……!」


 ラルドが何かを叫ぶ。


 目の前に岩の杭が出現したかと思うと、トビさんが左に半回転してひょいっとよけた。


「ラルド! やめて!」


 真っ青な顔で詠唱しているラルドに向かって大きく手を振る。


 ラルドと目が合った。

 なのに、ラルドはなおさら焦った顔をしている。


「ラルド!」

「……!」


 またも現れる土の杭。


 今度は細いけど二本。

 目の前ではなく、前方から飛んできた。


 トビさんはそれを上に飛んで避けると、めんどくさ、と馬車の前におどり出た。


 馬車をひいていた獣は驚いて急停止。


 その拍子にラルドが転がり落ちた。


「先生!」


 私はトビさんに地面に降ろしてもらい、馬車に駆け寄った。

 開いたままの扉から飛び込む。


 横になっている先生の顔色はさっきよりも悪い。

 だけど、急停車の影響はないようだ。


「ソフィさん! ど、ど、ど、ドラゴンがっ!」


 外でラルドの悲鳴が上がった。


 見れば、地面に落ちたラルドは腰を抜かして動けなくなっていた。


 そこへトビさんがジャンプ。

 ラルドの目の前へ着地すると、がぁっと顔に向かってほえた。


「ひっ」


 ラルドの目がぐるんと白目をむき、ばたりと倒れた。


「あー……」


 私はひたいを手で押さえた。


 これで解決、とトビさんがこっちを見た。


「騒ぎになるのは避けられそうにありませんわね。王都の目の前でなくても構いません。シュスタ――別の女性が先に王都に行っていて、先生を迎えにきてくださることになっていますの」


 トビさんは馬車の中に手を突っ込むと、先生を引っ張った。

 馬車から落ちそうになったところでもう片方の手をそえて、両手でしっかりとつかむ。


 トビさんは手の中の先生に顔を近づけると、ふんふんと匂いをかいだ。


 変な匂い、と顔をそむける。


 禁止薬物の匂いがわかるのだろうか。

 それとも先生の体がぼろぼろだから?


「先生をどうかお願いしますね」


 私は先生をつかむトビさんの手に手をそえた。


 できるだけね、とトビさんが翼を広げた。


「はい。トビさんもご無事で」


 トビさんは何度か羽ばたいて、空へと飛んで行った。


 私も早く追いかけなくちゃ。






 ラルドが目を覚ますと面倒なことになりそうだったので、そのまま馬車に押し込んだ。


 だけど移動しようとしたら、獣がおびえてしまって動けなくなっていた。

 エサをやったり水をやったりブラッシングをしたり励ましたりして、なんとか落ち着かせようとしたけど、全然だめ。


 だからやっぱりラルドを起こすことにした。


「んあ……ソフィさ――ぁぁああ! ドラ――んでっ」


 錯乱したラルドは、飛び起きて馬車の天井に頭をぶつけた。


「ラルド、落ち着いて」

「落ち着いてられ――あれ? ドラゴンは?」

「何を言っているの?」


 納得させる自信がなかったので、とぼけることにした。


「あれ? おかしいな。確かにいたんすけど……ソフィさんが食べられそうになってて……」

「だから何を言っているの?」


 食べられそうになんかなってない。

 トビさんがそんなことするわけないじゃない。


 ムッとしたけど、言い返すわけにはいかない。


「そんなことより、馬車が動かなくなっちゃったの。急ぎたいからここに置いて行こうと思うんだけど」

「へ? ノトさんは?」

「先生はト――えーっと……」


 危ない。

 トビさんの名前を出してしまうところだった。


「……迎えにきた人に引き渡したわ。先に王都に向かってる」

「シュスタが!? もう来たんすか!?」


 しまった。

 いくらなんでも早すぎる。


「シュスタとは別。えっと、リズさんが呼んでくれたみたい」

「森にいたっすよね……? 呼ぶってどうやったんすか?」

「り、リズさんたちを迎えにきたのよ。ここら辺で狩りをしていたみたい。ほら、あの変なスラグがいたでしょっ?」


 く、苦しい……。


「っていうか、どうしてラルドは先生のことちゃんと見ててくれなかったの!? 信じて任せたのに、無責任だわ!」

「め、面目めんもくないっす……」


 ラルドは首をひねりながらも謝ってくれた。


 ごめんなさい!

 ラルドは全然全くこれっぽっちも悪くないの!


 話をらすためとはいえ、申し訳ない。


「でもっ、馬車は進んでいたからっ、結果的になんの問題もなかったわっ!」

「そうっすか。それはよかったっす。――それにしても、ソフィさんはあの数のスラグの特殊個体相手に、よく無事でいたっすね。オレはてっきり……」

「助けてくれた人がいたの!」


 人……でいいのかしら?


 ……うん、人でもあるわよね。人の姿になれるもの。人間かって聞かれると困るけど。


「それは超ラッキーだったっすね。いやほんと、無事でよかったっす。あの死にた――ノトさんのお弟子さんで今まで生きてこられたんだから、きっとものすごく強運の持ち主なんだろうってシュスタと話してたっすけど、マジなんすね。実際あの森からオレたちが戻ってこれたのも、幸運でしかなかったと思うっす」


 幸運であることには間違いない。

 いつも誰かに助けてもらっているもの。


「でねっ、さっきも言ったとおり、馬車を捨てていきたいの。いい?」

「怯えてるって言ってたっすよね? それってやっぱりドラゴンが――」

「迎えに来た人の姿に驚いちゃったっていうか、ちょっと勢いがありすぎたから……! ――もう、そんなこと気にしている場合じゃないの! 私は早く先生のところに行きたいのよ! 嫌なら私だけ行くから、魔術かけて!」

「あ、いや、オレも行くっすよ。強盗に取られるのはもったいないっすけど、こんなときっすからね。それに馬車は協会のっすから、大事なものだけ持っていければオレたち的にはなんの問題もないっす」


 協会のだからいいだなんて、組織の一員が言っていいものかと思うけど、まあ、そんなものよね。


「なら、急ぐわよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます