第225話 飛翔

「すごいですわ! あの数の巨大スラグを一撃で倒してしまわれるなんて! それに、とってもかっこいいです!」


 トビさんは、顔を私の顔にやさしくすりつけると、どしどしと後ろに歩き、生焼けのスラグをがつがつと食べ始めた。

 お腹が空いているのか、あの珠が欲しいのかもしれない。


 とにかく、先生を運ぶのをスラグに邪魔されなくてよかった。

 あとはラルドとシュスタがなんとかしてくれるはず。


 そうだ。

 今のトビさんなら。


「トビさん、先生が死んでしまいそうなの。わたくしを先生の所に連れて行ってくださらない? そのあと先生を王都まで運ぶのを手伝って欲しいのです。トビさんなら先生を空から運ぶこともできるのではありませんの?」


 トビさんは顔を上げて私を見たあと、首を横に振った。

 そして翼を大きく広げる。


「……そうですわね。その姿を他の人がご覧になったら、大騒ぎになってしまいますわ。――ですがっ」


 わたくしはトビさんにすがりついた。


「本当に先生が危険なのです。一刻も早く王都で治療を受けなければならないのです」


 トビさんはスラグの血で濡れた口をがばっと開けた。


「ですから! 大丈夫ではないんですの! 禁止薬物を使われていたらしくて……自業自得なんておっしゃらないで下さいまし! 死んじゃえばいいなんてひどいですわ! わたくしは平気です! 先生のことを怒るなんてとんでもない。叩かれたのはショックでしたが、それでも先生は私の先生です」


 トビさんがあまりにもひどいことを言うので、私の目からは涙が流れてきた。


「トビさんにとっても先生は大切な方のはずでしょう? どうしてそんなに冷たいことをおっしゃるの? トビさん、お願いです。お願いですから……先生を助けて……」


 トビさんは鋭い爪のついた手で私の体を優しく押した。

 私がおとなしく離れると、トビさんの体はもやりとゆがみ、見慣れた小さな姿が現れた。


 小さな手を上下に動かすトビさんの前にしゃがみこむと、トビさんは私の涙を拭ってくれた。


 そして、全くノトは世話が焼けるんだから、とぺしりとしっぽで地面を叩いた。


「ありがとうございます」


 私はトビさんをぎゅっと抱きしめた。


「……ええ、多少乱暴な運び方になってしまうのは仕方がありませんわ。トビさんはわたくしがお守りします。……あ、そうですわね。二人も運べないですわよね。ならどうしましょう。トビさんが危ないですわ」


 わかってて言ってたんじゃないの、とトビさんにあきれられてしまう。


「ごめんなさい。先生のことで頭がいっぱいで……いいえ、トビさんがどうでもいいだなんてことはありませんわ」


 トビさんは、まあいいよ、と翼をぱたぱたと羽ばたかせた。


 そしてまた私のことを柔らかく押すと、大きな姿に戻った。


「背中に乗ったらいいんでしょうか?」


 獣に騎乗するときを想像した。


「……おっしゃる通り、うろこでつるつる滑ってしまいそうですわね。えっと、じゃあ、お願いいたしますわ」


 私は両手を横に水平に広げた。

 トビさんは私の体を後ろから両手で抱えるようにつかむ。


 トビさんの手の内側は鱗が細かくなっていて、ごつごつした硬い感じはしない。

 最初はひんやりとしていたが、すぐに私の体温に馴染んで気にならなくなった。


 トビさんがばさりと翼を広げた。


 一度はばたくと、ばふっと空気が地面に打ち付けられた。


 ふわりとトビさんの体が浮き、私の体が前に傾く。


 体重を預けてしまえばそのまま倒れてしまいそうで、私はメイスを持っていない左手でトビさんの指をぎゅっとつかんだ。


 ばふっともう一度トビさんが羽ばたく。


 かと思えば、トビさんは地面に足を下ろした。


「え!? わたくし、重いですか!? 学園にいたころよりはたくさん頂いてしまっているかもしれないですけれど……そんなに?」


 ラルドにも重いと言われたことを思いだした。


「メイス! そうでしたわ。これ結構重いですものね。ええもちろん、ここに置いていきます」


 メイスのせいだったのか。

 そりゃあ重いだろう。


 私はメイスから手を離し、両手でトビさんの指につかまった。


 行くよ、とトビさんが羽ばたいた。


 途端、体が地面から離れた。

 体重が、ぐっとトビさんの手にかかる。


「重くはありませんか?」


 平気だよ、とトビさんがもう一度羽ばたく。

 ふわっと私の身長くらいの高さに上がった。


 三度目の羽ばたき。


「きゃあっ」


 一気に、ぐぅんと空へ舞い上がった。

 体が引っ張られて思わず悲鳴を上げてしまったけど、怖いという気持ちはもうなかった。


「街道沿いに進んで下さいまし。先生は馬車に乗っていらっしゃいます」


 何も答えずに、トビさんは王都の方向へ進路をとっった。


 速い。

 なのに、全く風を感じない。

 声を張り上げなくても会話ができる。


 羽ばたいたときに高度や速度が上がるのではなく、一定の高さと速度で飛んでいる。


 それに、トビさんと私を浮かせるには、翼の大きさが足りないような気もする。


 羽ばたく力だけで飛んでいるわけではないのだ。

 詠唱しているわけではないけど、一種の魔術なのかもしれない。


 トビさんはドラゴンで、ドラゴンは魔物だ。


 わかっていたはずなのに、改めて思った。


 人々が怖れる魔物。

 女王陛下のご加護のおかげで、この国にはほとんど存在せず、国境付近にドラゴンがわずかにいるのみ。


 トビさんは、どうして先生と、私たちと一緒にいてくれるんだろう。

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