第224話 渦巻く炎

 まずは目の前のスラグを倒さなきゃと思うのに、私の意識はスラグの群の方へと持っていかれ、集中することができない。


「きゃっ!」


 牙による攻撃を受け損ね、私ははね飛ばされた。メイスを取り落とさなかったのは、単なる幸運だ。


 スラグの群は、じりじりと近づいてくる。

 私の魔術を警戒しているのかもしれない。


 使う余裕がないとわかったら、きっと一斉に襲いかかってくる。


 ガチガチっと歯が音を立てる。

 絶望感が足から頭へと這い上り、頭の奥が冷えていく。


「くっ、きゃあっ!」


 再びはね飛ばされ、地面に転がる。


 間髪入れずにに飛びかかってきたスラグの爪を、横に転がってよける。前脚が一本しかないから、スラグは追撃して来ない。


 回転の勢いを利用して立ち上がり、メイスを構える。


 そのとき、だいぶ近くまで来ていたスラグの群が、ふっと森の方へと意識を向けた。


 つられて私の意識もそがれ、その隙を狙ってきたスラグの攻撃をメイスでなんとか弾く。


 群の方は明らかに森を警戒していて、体を低く押さえながら、森の方へと戻っていく。


 好都合だ。


 今のうちに倒す。


 私は、口を大きく開けて噛みつこうとしてきたスラグに逆に近づき、すんでのところで横にかわすと、その口をメイスでなぐった。


 バキンと大きな音がして、スラグの自慢の牙が折れた。


 根本からきれいに折れて、売ればいいお金になりそうだ。先生なら絶対持って帰るだろう。


 スラグが悲鳴を上げるが、まだ闘志は衰えていない。


「もう一発行くわよ」


 私はメイスを左下に構えた。


 タタッと走ってスラグに近づき、右上へ向かって大きく振り上げる。


 私の動きを予測していたスラグは体を引いてそれをよける。

 そして、メイスの遠心力で重心がかしいだ私に向かって大きく口を開けた。


 狙い通りっ!


 私は遠心力に任せて右足を軸に体を素早く一回転、左足をしっかりと踏みしめて、その勢いに自分の腕力を乗せたメイスを、スラグの右頬にぶち当てた。


 頭に引っ張られるようにして吹っ飛ぶスラグ。

 その後を追い、起きあがるよりも前に、振りかぶったメイスをスラグの目に叩きつけた。


 メイスの先はぷちっと嫌な感触とともに軟らかい眼球へと沈み込み、スラグは咆哮ほうこうを上げた。


 ぶんと頭が振られ、私はその勢いに乗って飛び、離れた位置へ着地する。


 メイスには血とゼリー上のものがついていた。


 前脚を一本失い、自慢の牙も一本失い、片目もつぶされたスラグは、それでもなお、闘志を失っていない。


 そのとき、森へと意識を向けていたスラグたちを、突然炎が襲った。


 私もびっくりしたけど、スラグが大きく隙を見せたのをチャンスと思い、つぶした目の死角を利用して駆け寄った。


 残った前脚を横殴りにする。


 スラグは支えを失い、頭を落とした。


 その鼻の上を上から殴りつけると、ばきりと骨の砕ける音。


 ギャンと鳴いて飛び退いたスラグに追い打ちをかけるように、ふらふらと上がる顔を下からすくい上げる。


 スラグはたまらず仰向けに転がった。


「これでおしまいよっ!」


 飛び上がった私は、あいた喉元に振りかぶったメイスを叩きこんだ。


 グエェェと苦しそうな声を上げて、スラグはそれっきり沈黙した。


「はぁ、はぁ……」


 連打に息を切らし、私は膝をついた。


 森の方へと視線を向ければ、スラグの群は誰かを囲んでいる。

 繰り出される魔術のせいで安易に近づけないようだ。


「助けに……行かなきゃ」


 あの人――なのかあの人たちなのかはわからないけれど、たぶん、スラグの注意を引いてくれたんだ。


 二人以上いれば、たぶんなんとかなる。


 どのみち向こうが倒れればスラグたちは私に向かってくる。逃げきれる自信はない。

 なんとかするしかない。


 私は立ち上がり、走り出した。


 荒くなる呼吸を無理矢理押さえつけて、魔術を唱える。


 障壁魔術だ。


 大規模な炎では相手を巻き込んでしまう。

 でも私は細かな制御はできない。

 詠唱の終盤でアレンジを入れるなんて芸当も。

 

 だからまずは、自分を守る!


 近づく私の大声にスラグたちが気づく。


「――!」


 ことわりの言葉。


 なんの変哲もない、自分の前に大きく展開するだけの障壁だ。


 スラグの一頭が立ち止まった私にねらいをつけた。


 一頭できてくれるのは助かる。


 メイスを構えたとき――。


 スラグたちの中から、何かが高く飛び上がった。


 赤い服を着た人……?


 違う。


 背中に、ばさりと翼が広がった。

 背中の曲線の延長線上にしっぽがある。

 長い首が伸びた。

 鱗が太陽の光を反射してきらきらときらめいている。


 ――ドラゴンだ。

 

 スラグほどではないにしろ、人間よりは大きい。


 バサッと一度羽ばたいて空中で静止したドラゴンは、地上にいるスラグたちに首を向けた。


 ゴゥッ


 吹き出された炎がスラグたちを襲う。

 炎に巻かれるスラグの群は、絡め取られたように燃えさかる炎の中から出ることができないでいる。


 私は巻き込まれないように下がった。

 時々火の粉ならぬ火の飛礫つぶてが飛び出してきて、障壁がそれを弾いた。


 熱風が顔をなでる。


 ドラゴンはもう一度羽ばたくと、渦巻く炎を吐くのをやめた。


 残ったのは、焼け焦げ、瀕死の状態のスラグ。


 ドラゴンが、私の前へ静かに舞い降り、翼をたたんだ。


「トビさん!」


 私はトビさんの体に飛びついた。

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