第223話 一対多数

 なんでこんなときに!


 一体一体は大したことがない。

 だけど、倒している時間がもったいない。


「ラルド、シュスタ、先生をお願いっ! 私はここを!」


 スラグたちを正面に、私はメイスを構えた。


「ひとりじゃ無理っすよ!」

「先行する役と先生を運ぶ役。そっちこそ、二人いなきゃ無理」

「ラルド、ノトさんを。私はここをしのいだ後、追いかけるから」

「ダメ。間に合わなくなるかもしれない。先生を最優先にして。二人が守らなきゃいけないのは先生のはずでしょ?」

「それは、そうっすけど……!」

「お願い。行って」

「……わかりました。ラルド、ノトさんを運んで。私はソフィさんに補助をかけてから追いかける」

「シュスタ!?」

「ありがとう、シュスタ。ラルド、お願い」


 ラルドは「あーもう知らないっすよ」と言い、先生の馬車に乗り込んだ。


 それを見てか、こちらの様子をうかがっていた大型のスラグたちが本格的に体を向け始め、私たちに狙いを定めた。


 シュスタが補助をかけてくれている。

 私も障壁を自分にかける。


 また!?


 スラグたちのその後ろから、さらに数が増えた。


 誰の仕業しわざなの!?


 笑ったあの隊長の顔が思い浮かぶ。


 誰かがあの玉をばらまいているに違いないのに、見ているしかできないのが歯がゆい。


「ソフィさん、本当に大丈夫ですか? 私、残りましょうか?」

「いいえ、大丈夫よ。ここなら魔術も思いっきり使えるし、落ち着いて対処すれば何てことはないわ」


 声に焦りの気持ちが出ないように気をつけて、振り向かずに言った。

 顔を見られたら、冷や汗をかいているのがバレてしまう。


「じゃあ、行きますね。お気をつけて」

「先生をくれぐれもよろしく」


 シュスタが去る気配を背中に感じた。


 馬車は追いかけさせない。

 絶対に。


 私はメイスを構える手に力を入れる。


 私ひとりになったのを見て、スラグがこちらに近づいてきた。

 まとまって、警戒するようにじりじりと。

 全部で十体くらい。


 私は魔術を唱え始める。

 得意の炎の魔術。 


 まとまっているうちに叩く!


 先頭の一頭が、走り出した。


 後ろの集団は様子見とばかりに、まだ速度を上げてこない。


 あっという間にスラグが目の前に迫った。


 直前で踏み切り、跳躍してくる。


「――!」


 ぶつかる直前、ことわりの言葉を叫ぶ!


 しかし炎は目前のスラグではなく、その背後に出現した。


「くっ」


 メイスのでスラグの爪を受け止める。

 

 受け流す技術はない。


 巨体の重みに負けて、足が後ろにずずっと滑った。

 膝が曲がり、腰がる。


 スラグの向こうから、ギャンッとスラグの鳴き声が複数聞こえてきた。


 、魔術は固まっていたスラグたちにぶちあたった。


 威力はあまり強くはないけど、炎はしばらく地面の上で燃え続け、あいつらがこっちに来るのを防いでくれるだろう。


 しかし目の前のスラグは、鼻が顔につきそうなほど近い。生臭い息が顔にかかった。

 潰されのしかかられたら、それで終わりだ。


「こんのぉぉっっ!」


 瞬発力に物を言わせ、ぐっと押し返した。

 その一瞬でスラグの下から抜け出す。


 急に支える力がなくなったスラグは転びこそしなかったが、前脚まえあしが必要以上に曲がり、つんのめるような形になった。


 そこをメイスで殴りつける。


 しかし、私も無理に抜け出したせいで体勢が整っておらず、よけられてしまう。


 振り下ろしたメイスをすかさず反転させ、斜め下からすくい上げるようにあごを狙う。


 それも後ろに下がったスラグによけられる。


 スラグはちらちらと仲間の方を気にしていた。

 それは仲間が心配なのではなく、加勢を待っているのだ。


 あの数でまとまって来られたら、しのぐ自信はない。


 スラグと相対あいたいしながら、私は詠唱を始めた。


「うっ」


 しかし、向かって来られ、メイスで受け止めると声が漏れてしまう。


 何度もうたい直すが、最後まで唱えきれない。


 ならば、と踏み出し、こっちから仕掛ける。


 顔を横に殴りつける。

 避けられるが、さらに踏み込む。


 後ろに跳んだスラグは、着地の衝撃をバネに、逆にこっちに跳んできた。

 

 横ぎに振るってくる右脚をしゃがんでかわす。

 頭の上を、ぶぅんと頭の上を風が通り過ぎた。


 着地するスラグに押しつぶされる前に、横に転がって下から出た。


 攻撃するまえに、スラグがぱっと距離をとる。


 向こうは時間を稼ぎさえすればいい。


 一方の私は、早く決着をつけなければと焦ってしまい、メイスを握る手に汗をかいていた。


 行くしかない。


 また私から仕掛ける。


 走って距離を詰める。一歩、二歩三歩。


 と、それに合わせるように向こうもこっちへ向かってきた。


 かかった!


 私は急ブレーキ。

 左へよける。


 勢いよく飛び出したスラグは止まれず、さっきまで私がいた場所に。


 こっちの体勢は万全。


「うらぁっ!」


 両手で握ったメイスを、右から思いっきり振り抜いた。


 当たったのは、スラグの右前脚の膝上。


 ゴツッという抵抗と、それが砕ける感触が手に残った。


 ギャンッという高い鳴き声を出したスラグは、急に右前脚の支えを失って、ぐらりと右側――私の方へとバランスを崩す。


 倒れかかったわき腹を、今度こそ左からすくい上げるように一発。

 そして上からも叩きつけた。


 手応てごたえからして、骨を砕くまでには至らない。

 だけど、ひびくらいは入った。


 次の一打はよけられた。


 だが、右前脚をだらりと下げたスラグは、足先が地面に当たるのがひどく痛いらしく、動けないようだ。


 いけるっ!


 そう思ったそのとき、スラグは顔を下げると自分の前脚をくわえ、そして勢いよくかみ切った。


 血が、ぼたぼたっと落ちる。


「うそ……」


 スラグはくわえた脚をぶんっと首を振って横へ捨てると、三本の脚で器用に立った。


 そして、視界の隅に、スラグたちが弱くなった炎を越えてこちらへ歩いて来るのが見えた。

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