第222話 再登場

 私たち四人は、思い思いの方向へ転がるようにして降りた。


 体を支えようとした腕がぐにゃりと曲がり、私はそのまま草地へと顔をぶつけた。

 肩から先が別の生き物になったようでまるで力が入らない。


「一時的に出血を止め、血を補充したので、これでしばらくはもつと思います」


 しばらくして息を整えてから女性が言った。


 起きあがって見れば、先生の顔色が少しだけよくなっている。


 骨折した腕からは骨が飛び出していて痛々しいけど、そこの出血が抑えられているところを見ると、体の内部もきっと抑えられている。


 ラルドが、たどたどしい口調ながら、骨折を治そうとしてくれていた。





 女性の言った「しばらく」が「王都まで」なのかは保証できないと言われてしまったけれど、私たちにできることは、先生を一刻も早く連れて行き、最適な治療をほどこすだけだ。


 私たちは女性に礼を言い、私は代金として指輪を五つ渡した。

 私のだけでは足りなくて、先生の指からも抜いた。


 はっきり言って法外だ。

 でも協会直轄ちょっかつだから足元を見られてふっかけられているわけでもなく、先生を助けられるなら安いものだ。


 食べ物が買えずに死んでいく人たちもいれば、こうやってお金の力で命をつなぐ人たちもいて、不公平だとは思うし、ましてや私なんてお父さまから頂いた――というより勝手に持ち出した。なおさら不公平だ。


 だからと言って、持っている物を使わないなんてできない。


 そんなことを考えながら、馬車で王都まで向かった。


 先生と一緒に乗ったのはラルド。

 傷口が開いたときも、先生が暴れたときも、ラルドが適任だったから。


 私はすぐ後ろを進む馬車の中、ずっと女王陛下への祈りを捧げていた。


「大丈夫ですよ」

「うん」


 シュスタが優しい声をかけてくれた。





 同じところをぐるぐると回り続けているんじゃないかと思うほど長い長い長い時間をて、先生の乗った馬車が止まった。


 でもまだ王都の街門は見えていない。


 容態が悪化したら止めるということにしてあった。


 まさかと馬車を飛び降り、先に降りていたラルドに走り寄る。


「ラルド!」

「ノトさんの様子はまだ大丈夫っすよ。薬が切れてきて出血が始まってるっすけど、王都までならもちそうっす」

「よかった……」

「それで、オレとシュスタは先に王都に行って、受け入れ態勢を整えておいた方がいいと思うんっすよ」

「そうですね。もしかしたら王都からも迎えに来られるかもしれないですし」

「わかった。お願い」


 この馬車で行くよりも、二人が走った方が早く着くという判断だ。


「迎えに来られなくても、街門には案内役を置いておくっすから」

「うん。ありがとう」


 先に行ってくださいとシュスタに言われ、詠唱する二人を置いて、先生の馬車に乗り込んだ私は馬車を出発させた。


 帰り道だから、いている獣に細かな指示を出す必要はない。


 誰も乗っていないからっぽの馬車も後ろからちゃんとついてくる。


 座席に横たわった先生は、硬直をかけられていて、微動だにしない。


 もう死んでしまったのではないかと心配になったけれど、息はしているし、心臓の音も聞こえる。触ればひんやりとしているものの、体温はちゃんとある。


 治癒を使っても、体の中のことまで感じ取れる技術のない私には、血が出てきているようには見えなくて、気持ちの落ち着きを取り戻すことができた。


 大丈夫。間に合う。大丈夫。


 せめてもの足しにと回復を唱えようとしたとき、突然、馬車が止まった。


「ソフィさん! 降りてくださいっ!」


 シュスタにバンッと馬車のドアを乱暴にたたかれた。

 先に行くのではなかったのか。


 急いでドアを開けた私の目に飛び込んできたのは――


 女王陛下のご加護街道の上に立つ、あの巨大なスラグだった。


「なん……で、こんなところに……?」

「ソフィさん!」


 驚き目を見開いた私を、ラルドが叱咤しったする。


「うん!」


 私は思考を切り替えて、馬車から飛び降りた。


 幸い、一頭しかいない。

 それならすぐに倒せばいい。


 まだ距離はあるから、焦らず確実に……。


「これってあれですよね、ちょっと前に話題になった、女王陛下のご加護が効かないっていう巨大狼」


 シュスタが障壁をかけてから早口で言った。


「たぶん。同じに見える」


 私も障壁を重ねてから答えた。


「ソフィさん、見たことあるんっすか? 本当にご加護に入れるんっすね」


 ラルドが身体強化をかけた。


「先生と討伐の手伝いをしたの」


 え!? とシュスタとラルドがこっちを見た。


「そんなことまでやってたんですか?」


「何度も聞くっすけど、ノトさんとソフィさんって、何者なんっすか?」


「魔法陣師とその弟子」


「って聞いてるんですけど、ノトさん魔法陣使わないですよね」


「材料集めてるんっすよね? 採集専門なんっすか?」


「……」


 それぞれ、詠唱の間に会話をしていく。

  

 最後の質問には答えられなかった。

 今だけちょっと使っていないだけだもの。


 二人は私の沈黙を戦闘態勢に入った為と解釈したようで、ラルドが雷の魔術を唱え始めた。

 遅れてシュスタも土の魔術を唱える。


 私はメイスを構え、様子をうかがっているスラグに向かって走る。


 さっさと終わらせて、先生を運ばなきゃっ!


 私を追い抜いて、ラルドの雷がスラグに向かった。


 まっすぐ飛んだそれをスラグが横に跳んでよけたが、ラルドの雷はそれを追いかけてぶちあたった。


 ギャンッと鳴いて吹っ飛ばされるスラグ。


 その脳天めがけて、シュスタが作った土の塊が落下する。


 よたついたところを、私がメイスで顔を横からぶん殴った。


 骨が砕ける音と手応え。


 倒れたスラグにとどめとばかりにメイスを振り下ろす。


「ふぅ」


 案外、あっさりと倒せた。


 二人に笑顔を返すと、ラルドとシュスタは、私の背後を指さした。


 振り向くと、原っぱの向こう、名も知らない森の中から、ばらばらと複数のスラグが出てきていた。

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