第221話 腰が跳ねて

「先に言っておきますけど、この薬、高いですよ?」

「いくらかかっても構わない」


 女性は私の手元を見て指輪の存在を確かめてから、箱から取り出した薬瓶を別の瓶に流し込んで調合し始めた。


 赤い液体と緑を混ぜて黄色に。それに青を混ぜて赤色に。

 そうやって十種類ほどの薬を目分量で混ぜると、栓をして私に差し出した。


「よく振って混ぜてください。こぼさないように」


 私は栓を手のひらで押さえて、死にものぐるいで振った。

 私にもできることがあってよかった。


 その間に、女性は何種類かの薬草をすり鉢に入れ、シュスタにすりこぎを渡す。


「汁に触らないように」


 シュスタは黙ってすり始めた。


 女性はまた別の薬の調合を始める。

 今度は小瓶にほんの少しずつ入れる。


 合間に、シュスタのすり鉢に薬草を追加していく。

 私が用意した薬草の中からも少し。


 シュスタが十分にすったと見るや、女性は調合し終わった小瓶からすり鉢へ、一滴二滴薬を垂らした。


 紫色をしていた薬草は、ぱっと反応して鮮やかな緑色になる。


「瓶を」


 女性が私に手を差し出したので、一心不乱に振り続けていた手を止め、手渡した。


 瓶の中身は、とろみのついた灰色の液体になっていた。


 女性が瓶を開けると生臭い強烈なにおいが鼻をついた。

 私たち三人は、思わず鼻を押さえて「うっ」と体を引いた。


 女性は顔をしかめながらも、すられた薬草を片手で取り出し、丸ごと瓶の中に入れた。


 薬草が瓶の中身にふれた瞬間、そこから瓶全体へ広がるようにして、中身がんだ真っ赤な液体に変わった。

 細かくなった薬草が中をただよっている。


 女性がそれを軽く振ると、とろみがなくなってさらさらになっているのがわかった。


「う、うあぁぁっっ! ごぶっ。やめろ! ごぼっ。だれ、誰か……!」

「先生!?」

「ノトさん!?」


 突然、先生の体がびくんと跳ねた。


 叫びながら手足を闇雲に動かし、転げ回る。

 そのたびに、大量の血を吐いた。


 先生の目は開いていて、見えない何かを追いかけるようにせわしなく動いていた。


 呪文を中断したラルドが、先生を押さえつける。

 だけど一人ではとてもじゃないけど暴れ回る先生を押さえることはできなかった。


 私とシュスタもすぐに加勢するが、殴られ蹴られて思うように押さえられない。


「先生、大丈夫ですから。大人しくして下さい。大丈夫ですから。お願い、そんなに血を吐いたら死んじゃう……!」


 すると、ぱたりと先生の動きが止まった。


 私の声が届いたわけではない。

 女性が硬直を使っただけだ。


「毒なり寄生虫なり、これは相当厄介やっかいですね。ここまで暴れるとなると、内臓だけでなく全身がやられています。それが逆に命をぎりぎりのところで繋いでいるようです。本当ならもう虫の息ですよ」


 ぺたりと座り込んだ私たちに、女性が淡々と言う。


 慣れているのだろう。人が死ぬことに。

 職業柄、私たちよりもずっと多くの人が死ぬところを見てきたに違いない。


「もう一度しっかり押さえてください。筋肉が断絶するほど暴れますから。骨折するかもしれませんが、それでも押さえ続けてください。硬直程度じゃ押さえきれません」

「何を言ってるの……?」


 筋肉が切れる?

 骨が折れる?

 

「嫌ならやめますが、お代は頂きます。そしてこの人はここで死に――」

「やってっ!」


 食い気味に叫ぶ。


 どうなってもいい。先生が助かるなら。

 怪我なら治るもの。


「シュスタ、ラルド、お願い」


 二人はうなずき、魔術を唱え始めた。


「やりますね」


 女性が感心している。

 やっぱり二人はすごいんだ。


 身体強化。

 長々と唱えて時間をくうわけにいかないから詠唱は短い。

 その分効果も短いけど、長時間持続する必要はない。


「男性は手首を、女性は足首を押さえて」


 唱え終わると、女性はラルドとシュスタに指示を出し、二人は先生の手足を押さえた。


「そんなんじゃダメ。足の方はひざの上に乗って下さい。後ろ向きで。腕も乗らなきゃダメ。逆です。腕に座って、手首を押さえるんです。手のひらを下に向けて。で、もう一人は腰の上に乗ってひざ上を押さえてください」


 私は先生の上にまたがって、ふとももを押さえた。

 少し前に似たようなことをしたのを思い出す。


 ここにトビさんがいてくれたら……。

 ずっと心強かったのに。


 今どこで何をしているのだろう。


「では、行きますよ」


 女性は先生の胸に馬乗りになった。


 私は後ろを向いているから、女性が何をしているのかはわからない。


 突然先生の体にびくりと力が入ったけど、動かない。

 硬直が効いている。


「しっかりと押さえていてください。薬を入れます」


 私は体重をかけて腰を、手ではふとももを思いっきり地面へと押しつけた。


 私の下で、びくんっと先生の体が小さく跳ねた。


 かと思うと、先生の足が暴れ始めた。

 ひざに乗っているシュスタが、体重だけでは押さえきれずに上下に跳ねている。


「ちゃんと押さえてて下さいっ!」


 女性が焦った声で言う。


「そんなこと言われたって!」


 シュスタがわめく。


「無理っすよ、これ……っ」


 ラルドも必死だ。


 四人も体の上に乗っているのに、四人とも身体強化もしてるのに、先生には硬直もかけているのに、そんなの無かったかのように暴れている。

 

 先生の腰があり得ないほどにり返り、私の体も跳ねた。

 

「や……っ、先生、やめてっ! 動かないでっ」


 ふとももに手を置いて押さえようとしても、体ごと跳ね上がってしまっては押さえるどころではない。


「先生……っ。ダメっ、お願いっ。あ……っ」


 先生の腰の動きは止まらない。


「動いちゃ……、くぅっ、あっ、ダメっ」


 力を入れすぎて、もう入っているのか入っていないのかわからなくなってきた。


「これマジ腕折れるっすよ!?」


 ラルドが苦しそうな声を上げる。


「それでも押さえる!」

「いやマジっすから! ミシミシ言ってるし!」

「もう少しっ!」

「あ、ああぁ……!」


 私はラルドの悲鳴を聞いて、目を固くつぶった。

 たぶん折れた。


「ノトさん、ダメっすっ! ちぎれるっ! 動かしちゃ……っ!」


 すると、ふっと先生の力が緩んだ。


 そして細かく痙攣けいれんすると、ぴたりと動かなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます