第220話 すがれるもの

 森を抜け、ルンゴールの草原も抜け、私たちは検問のところまで戻ってきた。


 途中でチューリに出くわすのではと危惧きぐしていたけれど、奥の方とはいえあれだけの大騒ぎをしたことで起きて逃げてしまったのか、はたまたシャルムさんたちが蹴散らしたのか、目の前に現れることはなかった。


 草原でもルンゴールに遭遇することはなく、なんだかよく似た違う場所に出てしまったような妙な感じ。


 でも、行きに放置したルンゴールの死体こそもうないものの、血の跡や戦闘の痕跡は生々しく残っていて、何より検問がそこにあるのだから元の場所であることには違いなかった。


「ありったけの薬を出してください! 早く! 魔石も!」

「そちらの棚に!」


 シュスタは検問に着くやいなや受付の人に叫び、詰め所の中に押し入った。

 場所柄、受付の人も慣れているようで、突然のことでも動じずに対応しているようだった。


 ラルドは先生を背から下ろして地面へ寝かせ、容態を確かめている。


 私は、何をしたらいいのかとオロオロとしてしまったけど、はっと思い立ち、馬を外して停めてあった馬車へ走った。


「これも使って」


 取ってきた鞄を、先生の横に置く。


 先生のために準備した各種薬だ。

 役に立つかはわからないけど。


 そこへ、シュスタが受付の人をともなってかけつけた。


「酷い傷。チューリね」


 受付の女性は、先生の様子を見てそう言ったが、それをシュスタが否定する。


「重傷なのは胃と大腸です」

「傷口はどこ?」

「外傷じゃありません。破裂というわけでもなさそうてす」

「ならなんで内臓なんか」


 女性は、抱えてきた木の箱を開け、かちゃかちゃと小ビンをより分けながら言った。


 シュスタはそれを手伝いながらちらりと私を見たが、何も言わずに、女性が取り出したビンを並べるために視線を戻した。


 ラルドも回復魔術を唱えながら私を見た。

 そしてシュスタ同様、視線を逸らす。


 ラルドもシュスタも、先生の傷が不自然だということは気づいているのだ。

 内臓にまで到達する外傷があるわけじゃないのだから、考えられるのは、魔術か、寄生虫か、毒。


 そこまでの魔術を構築するとなれば、大規模になりすぎる。少なくとも複数人での唱和が必要。

 だから真っ先に捨てられる選択肢。


 だとすれば――


「寄生虫? 毒?」


 ――そうなる。


「たぶん毒です。吐血してました。調子も悪そうで」


 でも、まさか禁止薬物だなんて思わない。


 言った方がいいのか迷った。

 治療が進むなら、言うべきなのではないか。万一極刑だとしても、ここで死なせてしまうよりは。


 私はぎゅっとこぶしを握りしめた。


「あの――」

「どちらにしろ、ここでは治療はできません。王都に行かないと」


 しかし、私の決意は空振りに終わった。

 二人がまた物言いたげな視線を向けてくる。


 言わなくていいなら、言わない。


 私は言葉を飲み込んだ。


「このままでは、王都までもたないでしょう」

「そんな……!」

「できる限りのことはします。でも覚悟はしてください」


 人が死ぬなんて、よくあることだ。


 獣に襲われ、盗賊に襲われ、事故にあい、病気になり、呆気あっけなく死んでいく。


 私も、あのとき、人を、あやめた。


 初めて炎を暴走させたときの事を思い出して、唇をむ。

 先生は、自分がとどめを差したと言ってくれたけど、あれは優しい嘘だ。


 相手が悪い。向こうが襲ってきたのだから。

 殺されても仕方ない。その覚悟だったはずだ。


 そういうものだ。


 昨日まで一緒に笑いあっていた友人が、今日はもういない。

 そんな経験、何度もしてきた。


 弟子になって、危ない目にもたくさんあってきて、先生も自分も、いつ死んでもおかしくなかった。


 だけど、こうやって、大切な人が目の前でいなくなろうとしているのを見ると、胸が潰れそうに痛い。


 今何かできることはないかと問いかけても邪魔をするだけ。

 三人の動きを見ているしかできない私は、自然と、臣下の礼を取っていた。

 深く深く、こうべれる。


 ついさっき、先生を追いて行ってしまった女性ひとに願うのはおかしなことなのだろうけれど――

 

 女王陛下、どうか、先生をお守り下さい。

 陛下のご加護を、どうかどうか、先生にお与えください。

 

 ――私にすがれるものは、もうこれしかない。

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