第219話 内臓出血

 シュスタが体を起こすのを手伝う。


「蛇は何とかなったみたいですね。九死に一生を得ました。ノトさんが?」

「助けてくれた人がいたの」

「その人はどこへ?」

「わからない。奥へ向かって行ったわ」

「助けに来てくれたわけではないんですか?」

「そうみたいね」


 奥へ向かったってことは、モッドの種を取りに行ったというのが一番あり得る。

 先生は王宮で仕事をしているんだから、リズさんたちが先生が必要としている物を知っていてもおかしくない。


 だけど、先生を全く治癒することなく行ってしまったことが気になっていた。

 そんなに急がなきゃいけない理由って何?


 すごく軽装だったから、先生のように一日で往復するつもりなんだと思う。

 なら急ぐのはわかるんだけど……。


 そこまで考えて私は首を振った。


 答えの出ない問いに悩んでも仕方がない。

 今やるべきは先生を助けること。


「シュスタ、先生が重症なの。すぐに王都できちんと治療をしないと死んじゃうかもしれない」

「そのようですね。ラルドの魔術でも全然吐血が止まっていませんから」


 先生は全身に怪我を負って、少なくない血を流していた。

 それに加えて内臓からの出血。


 相当血を流しているはず。


 体の傷はラルドが治してくれたけど、内臓の傷が治らなければ出血死だ。


 よっこらせとシュスタが立ちあがった。

 よろめいたところを私が支えた。


「補助をかけます。ラルドはそのまま治癒を続けて。補助をかけ終わったら、ラルドがノトさんをかついで、私が治癒をにないます」

「私は何をしたらいい?」

「ソフィさんにできることは何もありません」


 ハリのない声で、だけどきっぱりとシュスタが言った。


「だ、だけど、治癒くらいなら……少しだけでも」

「吐血の量で治癒の効果を見ながらやるので、横から適当に手を出されるのはむしろ邪魔です」

「そう……」


 厳しい物言いに、ラルドが振り返って同情を乗せた視線を寄越したが、なんの慰めにもならなかった。


「あと、一応言っておきますけど、私たちはエリートの金色と違って魔力が無尽蔵むじんぞうにあるわけじゃありません。節約する余裕もありませんでしたから、手持ちの回復薬を使っても、途中で尽きる可能性があります。ここからならギリギリ足りると思いますが、その時は覚悟してください」


 私だって、無尽蔵にあるわけじゃ……。


 そう思ったけれど、言えなかった。

 恵まれているのは確かだ。

 それが私の力で勝ち取ったものではないからなおさら言えない。


 なのに私はその魔力を使いこなせない。


「その時は、私が先生を運ぶ。獣と戦うのも私に任せて」


 シュスタは小さく頷いて詠唱を始めた。


 早口なのに、抑揚よくようとリズムが心地いい。

 そして複雑だ。


 魔術をいくつもかけるより、大きく一度の方が魔力の効率がいい。

 敵がいるわけじゃないから、そっちを選んだのだろう。


 ふらふらのシュスタを座らせようとしたけれど、シュスタの体はそれを拒んだ。

 立ったままの方が声が通るからか。


 私は顔のすぐ横でつむがれる魔術うたに聞き入った。

 ちゃんと聞くのは初めてだ。


 効果を複数決めてから……まとめて威力を設定?

 そうか、その方が詠唱も魔力も省略できるんだ。


 さらにそこに追加の効果?

 ああ、冒頭のフレーズに上乗せしているのね。


 何これすごい複雑。

 あっちこっちに飛んでいて、だけど、詠唱が進むにつれてまとまっていく。


 こんな構成の呪文もあるんだ。


 先生の描く魔法陣みたいだと思った。

 複雑なのに整然としていて、一つ一つは難しすぎて読み解けないのに、全体を見れば収まるべきところに収まっている。


 確か、新しい大規模魔術を作って、それを個人で発動させたから特級魔術師になったと言ってた。

 これがシュスタの本当の実力。

 きっとラルドは同じレベルのことができて、そしてまた違った構成なのだろう。


 最後に対象の指定。

 その方法も独特で、曖昧あいまいさが完全に排除されていた。


 曖昧あいまいさが効果の強さに影響する理由を、先生は「裏側の住人がから」と表現していた。


 一度の詠唱で強力な補助をかけたシュスタは、間髪入れずに治癒を唱え始めた。

 木の実が効いてきたのか、今はしっかりと立っている。


「大きく出血しているのは胃の背中側と大腸っす。大腸の方が重症っすよ」


 ラルドの声掛けにシュスタがうなずいた。


 それを見たラルドは先生の上半身を起こして両腕をつかみ、肩の上を通して前に持っていく。

 かがみながら一気にぐっと引けば、先生の体は持ち上がってラルドの背に乗った

 ごぷっと肩口に血を吐かれたラルドが、ちらりとそれを見て嫌な顔をする。


 私はラルドが背負いやすいように、後ろに回って先生のお尻を押し上げた。


「ラルド、血が……!」


 先生のお尻はぐっしょりと濡れていて、布地を押せば指の間に血がにじみ出るほどだった。


 大腸からの出血……。

 吐血より全然多いじゃない……!


「体を起こしたから腹にたまっていた血が出てきただけっす。この量の出血がずっと続いていたら、とっくに死んでるっすよ」


 シュスタが治癒をかけるのを待って、ラルドは「行くっす」と言い、木の根の垣根かきねを駆けあがった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます