第214話 最後の気力

 すぐに詠唱は再開された。


 だが、破門の一言が余程効いたのだろう。

 つらそうに細められた目が、せめてこれだけでもと訴えていた。


 そんな時間はないのだと言おうとしたが、それよりも先に、蛇が動いた。


 様子をうかがうように左右に移動したあと、音も立てずに一気にこちらにせまり、木々の間から、ぬっと顔を出したのだ。


 想像以上にでかい。


 赤い舌がちろちろと出入りしていた。


 魔術を警戒しているのか、攻撃を仕掛けて来ることはなく、感情の見えない赤い目で俺たちを見ている。


 ソフィの魔術が完成する寸前、蛇が動いた。


 何の予備動作もない、高速の頭突きだった。


 通常状態ノーマルで避けられるような速度ではなく、俺は剣でそれを受け止めた。

 左手は添えるだけで、ほぼ右手一本の防御だ。


 何とか弾かれずに耐え、蛇の力が緩んだ隙に、剣を払うように切りつける。


 緑色のつるつるとした鱗は思ったよりも硬くはなく、深く刺さった剣は、ばりばりと音を立てながら内側の肉ごと切り裂いた。


 間髪入れずに噛みつきにかかる蛇。


 直線的なその攻撃を、横に跳んで避ける。


 が、蛇の首が、俺を追って途中で曲がった。


「ふっ」


 咄嗟とっさに剣を体の横に構えるが、位置が悪い。

 ばっくりと大きく開いた口には剣を当てる場所がなく、頭上から迫る牙を防ぐ手だてがない。


 そこへ、ソフィの障壁が割り込んだ。

 それは鋭い牙の一撃を防ぎ、バリンと割れた。


 蛇は下ろした顔を、俺をすくい上げるように振り上げる。

 体勢を立て直せていなかった俺は、防ぐのは諦め、同じ方向に自分も飛び上がることで、ダメージを軽減した。


 結果、大きく飛ばされはしたが、空中で体を回転させ、幹へとを決める。


 膝で衝撃を吸収し、逆にそれをバネに飛び出す。


 上段から振り下ろした剣は蛇の頬をざくりと縦に切り裂いた。


 だが、蛇は痛がるそぶりを見せない。


 くそっ。


 手応えが全くないわけではないが、このままでは長期戦になることは必至だった。


 そうなれば俺の体がもたない。

 万力まんりきを込めていなければ剣を取り落としそうなほどなのだ。その剣さえも、腕の震えによってぶるぶると小刻みに揺れている始末。


 視界のすみで、わがままを押し通したソフィが、倒れている二人の魔術師に近寄るのが見えた。


 俺の気がれたことを気取られたのか、蛇がその鎌首を振り下ろした。


 上に構えた剣で受け流す――つもりが、蛇の首が再びぐにょりと曲がって進路を変えた。


 その先には、目を覚ました魔術師の男を助け起こそうとするソフィが。


「ソフィ!」


 俺の叫びよりも先に、油断することなく蛇の動きをとらえていたらしきソフィは、上体を起こしかけた男を足蹴あしげにしてせさせ、攻撃をメイスので防いだ。


「くぅっ!」


 重い一撃に耐えかねてひざくっするが、ソフィはなんとか耐えきった。


 力の均衡によって生まれた一瞬の停止状態に、いつくばった男が魔術を繰り出した。 

 蛇のあご下、地面から複数の土の杭が立ち上がり顎を貫いたのだ。


 たまらず頭を引く大蛇。


 蛇は、魔石の様な冷たい目で俺たちを交互ににらみつけた。


 鱗はだいぶ割れていて剥がれ落ちているのに、なんということもない顔をしている。いや、表情が見えないだけか?


 俺は剣を構えてにらみかえした。

 弱っている様子をみせたら最後だ。


「ソフィ、ここから離れろ。そいつらは置いて行け。こいつは俺が何とかするから」


 蛇の目から視線をそらさずに、静かに言う。


「わたくしはおっしゃる通りにいたします。ですが、ラルドとシュスタに加勢して頂いた方がよろしいですわ。先生一人じゃ……その……」

「さっきの様子じゃ起きないだろう。精魂尽き果てたという感じだった。俺に追いつけば助かると思って、なんとかここまで来たんだろう」


 ――その俺はこのザマだけどな。


「いいから行け。じゃなければ本当に破門にするぞ」

「……はい……わかりました」


 消え入るような声でソフィはそう言うと、一歩後ろに下がった。

 蛇の目線がソフィへと移る。

 

「はああっっ!」


 俺は気力を振り絞って、蛇へと突っ込んだ。


 ソフィを追いかけられてはたまらない。

 狙いは俺からはずさせない。


 木の根を駆けあがり、蛇へとせまる。

 蛇は頭を低くして、俺に頭突きを繰り出した。

 

 それを横に避け、首に剣を振り下ろす。


 すでに鱗が剥がれ落ちていたそこは、ずぶりと剣を受け入れた。


 勢いのままに斬り降ろせば、遅れてブシュッと血が吹き出す。


 蛇が首ごと頭を横に振って俺を横殴りにしようとするのを、根から飛び降りて避ける。


 勢い余って、蛇が巨木に頭を打ち付けた。

 衝撃で木が揺れ、木の葉が舞い落ちる。


 蛇の頭が、どしんと地面へと落ちた。


 やっとここまで下りてきたか。


 俺はすかさず駆け寄り、鼻先に飛び乗ると、眉間の間に剣を突き刺した。


 剣先が硬いものに当たり、それを突き抜ける感触があった。


 蛇がたまらず首を振る。


 俺は振り落とされる前に後ろへ飛び、着地した。

 

 がくりと膝が落ちる。

 

 だが、手応えはあった。

 さすがにダメージを負っただろう。


 笑う膝にむち打って、俺は片手で剣を構え直した。

 顔を汗が流れ落ちるが、ぬぐう余裕はなかった。


 そのとき――。

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