第212話 どこへ

 大蛇は持ち上げた頭をぶるりと振ると、赤いまなこで私たちを見下ろした。


「シュスタ!」

「うん」


 蛇が攻撃に移る前に、ラルドが移動を始める。そしてシュスタもすぐに。


 身構えた緑色の大蛇は、離れていく私たちに噛みつくのをあきらめ、上げた頭を低く下げて、しゅるしゅると後を追ってきた。


「ラルドっ、来てる来てる!」


 一度あいたかに見えた距離が瞬時にして詰められる、なんてことはなかったけど、確実に追い上げてきていた。

 障害物を無視できるのはずるい。


「あんたが……っ、重いっんすよっ!」

おも……っ!?」

「補っ助、くらい、しろ……っす!」


 重いと言われたことに対してものすごくショックを受けてしまったけれど、その後に続いたラルドの主張はもっともだった。


 抱えられているだけの私は、言葉通りお荷物でしかない。


 何か、何かしなきゃ。


 推進? 障壁?

 何がいいの……?


 私がいくら精一杯の補助をかけたところで、二人の強力な魔術の前では微々たるものだ。


 迷っている暇があったら、と思い、ちらりと汗だくのラルドを見て、炎の魔術を唱えることにした。


 張り上げた声を聞いたラルドは、寄っていた眉根をさらに寄せて嫌そうに顔をしかめたけれど、何も言わなかった。


 一歩先に出ていたシュスタは見ていないけど、きっと同じ顔をしている。

 

 ――背に腹は代えられない。

 

 生きるか死ぬかなら、この森を燃やし尽くそうとも致し方ないということなんだろう。


 先生のために破壊するのは許せなくても、自分たちの命がかかっていれば別、という態度は複雑だけど、そこに文句をつけてる場合じゃない。


 ……こんなことを考えているなんて、私、随分余裕じゃない?


 たぶんもう自分で走れる。

 でも、ラルドにはもう少し辛抱しんぼうしてもらおう。


 感情に折り合いをつけて、私は全力で魔力をり上げていく。


 ラルドは後ろも振り返らず、ずるっと私が落ちそうになるたびに抱え直して、ひゅーひゅーと苦しそうに喉を鳴らしながら、懸命に前を行くシュスタの背を追いかけている。


 そのシュスタは、脇目もふらず、ただ前だけを向いて足を動かし続けている。


 前へ。

 不自然なほど、真っ直ぐに。


 足場の様子から、もっと進みやすそうだと思える方向もあるのに、直進していく。横にれても、またすぐに元の進路へ戻っている。


 逃げているんだから、直進して距離を稼ごうとするのはわかる。

 だけど、木を回り込んでまで真っ直ぐ進む必要はない。そんなの逆にロスだ。


 どこかに、向かっているの?

 

 突然大蛇が現れたとき、私たちは森の奥に進んでいた。


 その後、私を抱えたラルドはどちらに向かった?

 奥? 戻る方?


 違う。

 そのどちらでもない。


 私たちは、進行方向に向かってに逃げた。


 それからずっと直進している。

 それはつまり、今、私たちは、どこまで続いているかわからない森の中を、ただ真っ直ぐに進んでいることになる。

 

 何もないはずのに? なんで?

 がむしゃらに逃げているだけ? ただの偶然なの?


 余計な思考に邪魔されて、全然集中できなかったけれど、学園で丸暗記した詠唱は途切れることはなく、張り上げた声は伊達に金髪をしていない私の魔力を十分に引き出して、魔術は完成した。


 相変わらずの棒読みだったけど、威力は十分にあるはず。


 私は浮かんだ疑問をむりやり頭から追い出して、蛇の両目をにらんだ。


 目くらましと、爆発による衝撃と、熱。


 十分に引きつけてお見舞いしてやるんだからっ!


 すぅっと鼻から息を大きく吸い込み、タイミングを合わせるために、一拍。


「いた……」

「――!!」


 ラルドが呟いたのと、私が魔術を放ったのはほぼ同時。


 突き出した手の前に手の平ほどの大きさの光が生まれ、大蛇と私たちの間ではじけ飛んだ。


 無音でぶわりと膨らむ空間と熱。


 蛇の頭に匹敵する大きさになった火球は、頭を飲み込むと、その場で大きく爆発した。


「きゃぁっ」

「ぅあっ」


 膨張と爆発、二度の衝撃波に見舞われた私とラルドは、前方へと弓なりに吹っ飛ばされた。

 

 目を開ければ、顔に炎をまとわせた大蛇は、炎を消そうと暴れ回っている。

 滅茶苦茶に振った頭が周りの木にぶつかり、木片や葉が飛び散っていた。


 宙を舞う私たちは、衝撃を受けなかったシュスタを追い越した。


「がっ」


 横を飛んでいたラルドが突然消えた。


 体の一部が木に当たり、勢いを殺されて地面へと落ちたのだ。

 シュスタがそのそばへ降りたのが見えた。


「きゃっ」


 私の足も木の根に当たった。

 体が大きく縦回転する。

 

 上下逆さまになった視線の先には、人影が。


 剣を杖のようにして体を支えている。


 服はボロボロの雑巾ぞうきんのよう。


 上げた顔、落ちくぼんだ眼窩、濁った瞳。


 その目が驚きに見開かれていき――。


「先生っ!」


 私は、なぜかそこにいた先生に、体当たりした。

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