第207話 森の入り口

 一通り準備を整えたところで、私は一人、静かに入口に近づいていく。


 逆に距離を取った二人が最初の攻撃の詠唱を終えたところで、そっと丸太に足をかけた。


 ぐっと体を引き起こし、丸太の上に乗る。


 薄暗い森の中を見れば、根の垣根かきねが木々を繋いでいて、網目状になっていた。

 湿った腐葉土の甘い香りがした。


 視線を遠くから近くに移し、足元の垣根の裏側を確認する。

 親切なことに、裏側にも丸太が置いてあった。


 チューリは根が絡まった部分の隙間にいることが多いと聞いた。


 のぞき込んでよく観察したが、毛玉は見当たらない。


 落ち葉の下や、土を掘った穴にもいることも多い。

 だから地面を歩かずに、できるだけ木の根本、広がった部分か根の上を歩くこと。


 それは眠りこけているチューリを起こさず移動する方法。


 今はその逆をやればいい。


 私は垣根の上に乗り、丸太をて、地面に降り立った。

 柔らかい土に、靴がわずかに沈み込む。


 かがんで土を触れば、ふわふわとしていてクッション性がある。


 これならもし先生が地面を歩いていたのなら、くっきりと足跡が残っているだろう。

 それがないということは、セオリー通りに木の根元を伝って行ったに違いない。


 ただがむしゃらに進んだわけではないと知って、胸をなでおろした。

 洞窟での暴走を考えれば、最短距離を駆け抜けていてもおかしくなかったから。


 チューリを倒すのが目的とはいえ、生き物を足で踏み潰すのは嫌だったので、その場を動かないまま、周囲の木の根元を観察した。


 いないわね。


 目につくところには毛玉はいなかった。

 

 観念して足元の落ち葉を足で払いのけつつ、絡まった根の垣根を確認していった。


 やっぱりいないわ。


 入口付近にもいると聞いていたので、なんだか拍子抜けだった。


 叫んで後ろの二人に知らせようかと思ったけど、その声で一斉に目を覚まされてはたまらない。


 私は黙って捜索範囲を広げることにした。


 すぐに森から抜け出せるように、奥ではなく、森のふちに沿って移動する。


 しかしなかなか見つからない。

 

 緩衝地帯を背に、垣根を越えつついくらか左右に進んで探したが、どこにもチューリはいなかった。


 聞いてた話と違うじゃない。


 首をひねり、奥に進むしかないかと、緩衝地帯から離れるのを承知で捜索範囲を広げたが、それでも収穫はなかった。


 諦めて森から出た私を見たラルドとシュスタは、怪訝けげんそうな顔をした。


「どうしたっすか?」

「チューリがいないわ」

「いないって、どういうことです?」

「言葉通りよ。入口前にはいなかったし、左右と奥も少し見たけどいなかった」


 肩をすくめてみせるが、二人の表情は深まるばかりだ。


「そんなわけないっすよ。森に入れば、チューリはどこにでもいるっす。あいつら数が半端ないっすから」

「そう言われても、いないものはいないわ」

「ソフィさんが見落としているだけじゃないですか?」

「その可能性は捨てきれない。だから音を立ててみようかと思ったんだけど、一応二人の意見も聞こうと思って」


 釣れすぎてしまうかもしれないから、と続ける。


「死体もなかったんですよね? なら、考えられる原因は――」


 シュスタはラルドを見ると、二人はうなずき合った。


「ソフィさん、また取り乱したりしないでくださいね」

「――ノトさんが全部持っていったんだと思います」

「そんな」


 先生は、一斉にかかってこられたらひとたまりもないと言っていなかったか。

 チューリを引き連れたまま奥へと進めば、チューリがチューリを呼び、またたく間に数は膨れ上がるだろう。


「入口で見つかったのなら、一度下がって処理するんじゃない?」

「普通はそうっすね」

「普通はそうです」


 二人のそろった声が、先生はそうしないだろうと暗に伝えてくる。


「さすがに先生だって、そこまでは……」


 そう言いながら、私は洞窟で見た、傷を負おうともなりふり構わずとにかく前進して行った先生を思い浮かべていた。


「ノトさんっすからね」

「ノトさんですからね」


 またもハモる二人の声。


「なら、早く行かないと」

「ちょ、待つっす」

「どうして?」

「実は、もっと悪い可能性があって……」


 ラルドとシュスタが顔を見合わせた。


「もったいつけてないで早く言って」

「ノトさんが、奥でチューリに見つかったのだとしたら」

「その鳴き声でここのチューリが呼ばれたんだとすれば、相当な広範囲から押し寄せてることになるっす」

「そんなわけ――」

「チューリは感じた危険度に応じて鳴き声を使い分けるっす。危ないほど遠くまで届く声になるっす」

「それを聞いたチューリはさらに周囲のチューリを呼びますが、最初のチューリ以外は呼ぶ範囲が限られていて、だんだんそれがしぼられていき、最後は鳴かなくなります。でないと、無限に伝播でんぱしていって、森中のチューリを残らず呼んでしまうことになりますから」

「で、もしこの仮説が正しいとしたら……あとはわかるっすよね?」


 チューリの生態なんて聞かなくても、広範囲のチューリが呼ばれたのだとしたら、その数はそれだけ多いに決まっている。


 した先生にチューリが群がっているさまが目に浮かんだ。

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