第206話 森の前で

 後ろの草原が唐突に終わったのと同じく、森も唐突に始まる。


 ここから先は違う領域なのだと主張するかのように、横に並んだ木が、その広がった根元から伸ばした根を絡ませ合い、境界線を築いていた。 


 ちょうど門のように二本並んで真っ直ぐに生えた木。

 その下には細い丸太が寝かせてあり、根でできた低い垣根を越えるためのステップになっていた。


 丸太には今まで何人も足をかけたのだろう、上部がすり減っていて、先生の足跡もその直前まで続いていた。


 日光をさえぎるもののない緩衝地帯から見れば、葉が生い茂る森は暗く、少し不安をあおられる。


「ここから先は、チューリがいるのよね?」


 手前で立ち止まり、振り返って二人に確認する。

 事前に起こさないようにと聞いているので、トーンは落とし気味だ。


「そうっす」

「まだ寝ている時間です。でも、今からじゃ、目が覚めるまでに抜けるのは無理でしょう」

「普通はここでキャンプを張るっす」


 見回しても、テントを設営したり、火を使ったような痕跡は見当たらない。


 でも、これだけ草が低く、地面が露出していれば、どこにでも張れる。設営のために草をったり、石で簡易なかまどを作る必要はないのだから。

 ちらっと見たくらいでわからなくても不思議ではなかった。


 獣の縄張り意識が強く、緩衝地帯にはまず出てこないというのならなおさらだ。

 さすがに見張りは立てるにしろ、安全な立地を考慮したり、罠を仕掛けるようなことはしないだろう。


「いいのよ。私たちの目的は突破ではなくて、獣の数を減らすことなんだから。入口近くのチューリを叩き起こして、少しずつ削っていきましょう」

「鳴かれると、尋常じゃない数が集まってくるっすよ」

「一匹一匹探す手間が省けていいじゃない。おびき寄せて一網打尽いちもうだじんにすればいいわ。危なくなったら緩衝地帯まで下がればいいの」

「いくら滅多に森から出てこないとはいえ、起こせば飛び出してくることもあります。緩衝地帯だって完全に安全というわけではありません」

「あのねえ」


 私はため息を吐いた。

 これも何度目かしら。


「否定ばかりしてないで、少しは建設的な案を出したらどうなの? 懸念があるのはわかるわ。でも、それならどうして先生の帰路を守りましょうって方針を決めたときに言わないの? 二人はどうするつもりだったのよ? まさか、目の前に来るまで何も考えてなかったなんて、言わないわよね?」


 指摘すれば、二人はぎくりと体を強張こわばらせた。


「それは、その、ソフィさんの勢いに押されて同意してしまったと言いますか……」

「どうせあの場で言っても聞かないだろうっすから、目にしてもらってから説得しようと思ったっす」


 シュスタは気まずそうに言葉を濁したが、ラルドは悪びれもせずのたまった。


 失礼ね。

 まあ、ここまでくると正直になってくれた方が助かるわ。


「私は絶対に折れないから、説得は時間の無駄よ。それより、チューリの数を減らすにはどうしたらいいか案を出して。じゃなきゃまた森ごと焼くわよ」


 私の脅し文句に、二人はがくりと肩を落とした。


「……ソフィさんの案が妥当だと思うっす。一匹を起こしてここまで下がり、森から出てきたチューリを各個撃破するっす」

「わたしも賛成です。ここなら火も使えますから、ある程度まとめて焼き払うこともできます。どこから出てくるかはわかりませんが、こちらに向かってはくるはずなので、十分に下がれば、正面に集中するでしょう」


 あら。

 ちゃんとまともに考えられるんじゃない。


 私は二人にうなずいた。


「それでいきましょう。後ろのルンゴールも気にしながら、ね」

「やっぱりやるっすか?」

「やめときません?」


 ……この消極的過ぎる態度が怒られる原因なんじゃないかしら。


 ああ、またため息をついてしまったわ。

 ため息が獣を呼び寄せると冗談めかして言ったのは、学園のどの先生だったかしら。


 この状況なら、むしろ好都合ね。


 そんなことを考えながらじっと二人を見つめていると、シュスタが観念したように、詠唱を始めた。

 身体能力を上げる魔術だ。


 応じるように、ラルドも広域障壁を唱える。


 続いて私も得意な炎の魔術を大声で唱えたのだけど、口を動かし続けている二人に激しく首を振られて止められた。手を体の前で交差させるジェスチャーつき。


 いざというときのための保険に持っておきたかっただけで、使うつもりなんてないのに。

 どうせすぐ別の魔術を唱えることになって、キャンセルするに決まっている。


 そう反論しようかとも思ったけど、二人があまりにも必死で止めようとするので、黙って狭域障壁に切り替えた。


 ほっと安堵あんどした二人を尻目に、チューリが下から飛びかかってくることを想定して、足元を重点的にかける。

 攻撃力はそれほどないと聞いているので、弱い障壁にして、数を優先する。


「私がおとりで、二人は支援ね」

「あまり釣りすぎないで下さいね」

「入ってすぐにその辺で寝ているはずっす」

「わかってるわよ」

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