第203話 跳躍

「うっ、うっ、これ絶対先輩に怒られるっすよ」

「徹夜地獄再びです……」


 シュスタとロルドは涙を拭き拭き、進路に沿って草を焼き払っていく。


 本当の意味での殲滅せんめつは不可能。


 だから十分な視界を確保して、その範囲のルンゴールを掃討することにしたのだけど、ともすれば二人は道を広げるだけの大きさにとどめがちで、そのたびに指摘した。


 嫌々やっているのだという態度が如実に現れている。


 どうせ言われて広げるくらいなら、最初から大きく焼けばいいのに。


 ささやかな抵抗に、よっぽどひどい上司の下で働いているのだろうなと、思った。


「ソフィさん! そっち行きます!」

「わかってるわ!」


 移動のための枝を失い、隠れ場所も無くしたルンゴールが、私たちの方へと向かってくる。


 焼けた地をただ走ってくるだけのルンゴールなんて敵じゃない。


 伸ばされた長い腕をメイスので叩き落とし、返す刀で頭を強打。

 ぐしゃりと頭蓋ずがいが潰れる感触が手に伝わる。

 そのまま振り抜くと、まだ煙の立ち上っている地面の上を転がっていった。


 最初こそ、自分たちの縄張りを荒らす私たちに多数襲い掛かってきたけど、もう数がいないのか、それとも逃げることを選択したのか、とにかく近づいてくるルンゴールは減ってきた。


「草原を抜けたっすよ」


 ロルドの声に振り向けば、永遠に続いているかと思われた草の壁がついになくなった。

 先に広がる森が見えた。


 あれから先生の声は聞こえてこない。

 戦闘の気配も感じない。


 戻ってくるのを待つと決めたのに、どうしても気持ちは先へ先へと行きたがる。


 草原の掃除は終わった。

 なら次へ進んでもいいわよね。


 森にいる獣はなんだっけと先生とロルドの言葉を思い返していて、はたと気がついた。


「ねえ、ガドルは草原にいるんじゃなかった?」


 その特殊な鳴き声で、他の獣を従わせることのできるという、ガドル。


 しかし現れたのはルンゴールだけで、狼の姿なんて一度も見ていないし、それっぽい鳴き声も聞いていない。


「おかしいですね。縄張り意識が強いので、これだけ無茶をすれば出てくるはずなんですが」


 他のしゅに従わされた獣なんて当然見たことはないし、ルンゴールを実際に目にするのも初めてだから、ちゃんとした判断はできない。


 でも、ルンゴールはただ本能の通りに動いているだけで、何かに行動を強制されたり、従っているようには見えなかった。


 見えなかった、なんてただの直感。


「遠くまで見回りに行ってるか、逃げたんじゃないっすか」

「逃げたならいいけど、たまたま離れていただけなら、ここで倒しておかないと後々面倒なことになるわよね」

「そうですね。いくら視界がひらけているとはいえ、ルンゴールが一斉にかかってきたら、厄介だと思います」

「ガルドをおびき出す方法はわかる?」


 知らない、と首を振る二人。


 困ったわ。

 早く先に進みたいのに。




 ◇◇◇




 チューリュが寝ているとすれば、地面に浅い穴を掘っているか、盛り上がった木の根と地面の間の隙間か。

 どちらにしろ、地を走るよりは、露出した根の上を通った方が蹴っ飛ばす可能性が低い。


 俺は、幹に記された印を頼りに、広がった根元を伝って走った。

 印を見失えば、方向を維持してジグザグに移動しながら探す。


 根の上はごつごつしているのに滑りやすく、走りにくい。

 だんだん面倒になってきて、地面に降りそうになる。


 木と木の間が大きくあいた所で、迂回うかいするのを横着し、腰を落として低い体勢を取り、靴のグリップを頼りに跳躍した。


 踏み切ると同時に両腕を振り上げて勢いをつけ、った体を戻す勢いでさらに距離を伸ばす。


 迫る着地点は狙い通り。


 その部分の傾きや表面の様子から瞬時に最適な姿勢を判断し、着地。

 滑り、傾きかけた姿勢を重心移動で立て直し、次の木の根元へ跳ぶ。


 いつも無意識にやっている動作が、今は一つ一つ意識に上ってくる。


 魔術や魔法陣の補助で底上げして感覚が変われば、こんな芸当は不可能だろうな。


 俺と魔法陣の相性は悪すぎる。


 使う気もないけどなっ!


 再び大きく跳躍。


 前方、向かって左側にある木の、大きく広がった根元。

 そこから進路上を横切って、右方の木の根元の下へと潜り込んでいる一本の根。


 俺の手首ほどの太さのそこへ、先ほどと同様に寸分たがわず――


「っ!」


 視界に入ったのは、今まさに俺が着地せんとしていた根の上、右から左へと走ってきた小さな灰色の毛玉――チューリュ。


 そいつは自分に俺の影が落ちたことに気づき、立ち止まってこちらを見上げた。

 黒く光る鼻と、ひくひくと動くヒゲが見えた。


 それがあと一瞬でも早ければ逃げられただろう。


 だが、互いが互いの顔を視認した次の瞬間には、俺の左の靴裏から、ぐにゅりと嫌な感触が伝わってきた。


 鳴き声は漏れなかった。


 仲間を呼ばれなかった。助かった。


 まったく。

 ひやりとさせやがる。


 チューリュの眠りは深く、仲間の鳴き声には鋭く反応するが、物理的に触れない限り、よっぽど大きな音でなければ起きてくることはない。


 なのにふらふらと起きてきやがって。

 大人しく寝てろよな。

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