第202話 本音

「確認しておきたいんだけど」

「何をです?」

「何っすか?」


 草原の外へと戻り、敵が追ってこないのを確認してから、二人にたずねる。


「私たちは先生が戻って来やすいように、付近の獣を殲滅せんめつすることにしたわね」

「はい」

「一匹残らず倒すというのは無理だとしても、可能な限り全滅させようとしているわ」

「そうっす」

「それは、縄張りを変化させたりしないの?」

「します」

「けど、それくらいならすぐに元に戻るっすよ」


 それくらい、ってどれくらいなのかしら。


「このやっかいな草原のあの狭い道を見て、道を広げようだとか、焼き払ってしまおうだとか、考えた人が一人もいないと思えないのよね」

「それは……」


 シャルムさんとリズさんは気にしていたけど、少なくとも先生は全然気にしていなかった。


「それでもちゃんとこうやってここの草原は残っている」

「何が言いたいんですか?」

「つまりね――」


「――――……!」


 怪訝けげんそうにしている二人に説明しようとしたとき、草原のずっと向こうから、かすかに叫び声が聞こえた。


 悲鳴じゃない。

 気合いを入れているような、雄叫び。


 だけど、先生が助けを求めてるような気がする。


「ちょ、ソフィさんっ!」


 ぎょっとシュスタが叫ぶけど、私は足を止めない。


「つまりね! ちょっとくらい私が燃やしたところでっ、ここじゃ大した影響はないってことっ!」


 細い道に飛び込み、両腕を顔の前で交差させて視界を守り、詠唱を始めた。


 障壁があるから、このまま突き進んでも傷つくことはない。


「ちょぉぉおおっっ! それダメっすからぁぁ!」

「ロルド!」


 私の呪文を聞いたロルドが後を追ってきたのだろうか。

 シュスタの制止する声が聞こえる。


 左右から、何かが近づいてくる気配を感じた。


 草の中?


 違う。


 上だ!


 速度を緩めずに、落下してくるルンゴールの下を走り抜けてやり過ごす。


 もう一体は目の前に。


 本当は叫びたいけどっ!

 詠唱が優先っ!


 私は障壁を盾に、そのままルンゴールに体当たりした。


「っ!」


 仰向けに転がった敵の胴体に、メイスの一撃を食らわせる。


 すぐ後ろに先の一体が迫っているのがわかったけど、反転する暇はない。


 ルンゴールの強靱きょうじんな手が私の左腕をつかむ。


 障壁が破壊され、ひじ下を握り潰される痛みを乗せて、私はことわりの言葉を叫んだ。


「――――!」


 瞬間。


 私の体にまとわりつくように吹き上がる炎。


 ルンゴールを断末魔の悲鳴さえ許さずに瞬殺したそれは、私を中心に円状に広がり、ふっと消えた。


 円にしておいて正解。

 前に打ち出していたら後ろの敵は倒せなかった。


 ルンゴールは手首から先だけになっても私の腕をきつく握り締め続けていて、食い込んだ三本の指を一本ずつはがすようにして、ようやく私の腕は解放された。


 途端、押さえつけられていた血流が再開され、ぼたぼたと血が落ちる。

 同時に、抑制されていた痛覚も正常に戻り、激痛におそわれた。


「くぅぅっ!」

 

 元の太さの半分につぶれてしまった腕の痛みは尋常ではなく、回復魔術を唱える余裕なんてない。


 腕を抱えてうずくまり、痛みに耐えようとするが、悲鳴すら出てこない。


 早く、行かなきゃいけない、のに!


 痛みに気絶するかと思ったとき、突然肩をつかまれ、強く引かれた。


「んんっ!!」

 

 抵抗むなしく仰向けにされたかと思えば、急に痛みが引いていった。


 ぎゅっとつぶっていた目を開ければ、シュスタが傷に両手をかざしていた。


 その横にはロルドもいる。


「なんて無茶をするんすか……!」

「死んだかと思いました……」


 二人とも、真っ青な顔をして、唇を震わせている。


「ご、ごめんなさい。頭に血が上ってしまって」


 さっき、先生は追いかけないと決めたのに。

 こうして動けなくなっていたら何にもならない。


「ごめんで済んだら憲兵は要らないんす! あと一瞬でも障壁を張るのが遅れてたら、おれたち消し炭になってたっすよ!?」

「なんであんな大技使うんですかしかもなんなんですかあの威力」


 あ、そっち。

 私の心配ではなかったのね。

 

「自意識過剰気味なただの怪力バカ力女だと思ってたのにノト・ゴドール死にたがりに匹敵する危険人物だったなんて……ぐすっ」

「スカート短くて動き回るたびにパンツ見えそうっすからたかが金髪ってだけでやたら偉そうな態度にも我慢してたっすのにここまで周りの見えない地雷女だったなんて……ううっ」


 めそめそと泣いている二人を前に、私は止血が終わった左手を握ったり開いたりして調子を確かめる。


 かなり痛いけど、動くわね。


「危険な目にあわせてしまって申し訳ありませんでした。心から謝罪いたします」


 立ち上がり、しゃがんでいる二人に丁寧に頭を下げた。


「い、いいんですよっ」

「そうっすよ! これも、仕事っすからっ!」


 二人は慌てて両手を振った。


「お二人が、わたくしのことを、そんな風に見ていたなんて、存じ上げませんでしたわ」


 にこりと笑うと、ロルドとシュスタは、「え?」と戸惑ったあと、「しまった」と青かった顔を白くした。


「これからもどうぞよろしくお願い下さいまし」

「はい……」

「はい……」

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