第200話 剣幕


 すぐに補助をかけてもらって追いかけたのに、先生に追いつくことなく、道が二手に分かれるところまで来てしまった。

 事前の情報通り、獣に遭遇することはなかった。


「ノトさん魔石使ったんすね」

「ちょっと待っていてくれればかけたんですけど。補助の魔石は高いのに」


 ロルドとシュスタが不思議そうに言った。


「急いでいらしたから……」


 魔石はもちろん、魔法陣も使っていないはずなのに、と私も不思議に思ったけど、疑問を口に出すわけにもいかない。


「真っ直ぐ進むと草地に出ます。右に行けばパスベリーがあります」


 パスベリーなんて集めてどうするのだろうと、私は首をかしげた。

 有効な使い道が思い当たらない。



 少し進めば、すぐに草原に出た。


「草原というより……」

「壁っすねー」


 トビさんの背丈と同じくらいあるんじゃないかしら。


 見上げるその高さは、ロルドすらすっぽりと収まってしまうほどだった。


 その上に、細い木の枝が張り出している。

 本体は見えないけど、草に埋もれるようにして生えているのだろうと思う。


 正面、壁の中央に、縦に切れ目が見える。

 子どもの抜け道かと思うようなわずかな隙間だけど、踏み分けられた跡はそこへ続いている。


「ここからは獣が出るっすから、要注意っすよ。メメドコとグルワースとルンゴールはともかく、ガドルが出てきたらやばいっす」


 ロルドが立ち止まって言った。


 先生は、メメドコとワークがいるかもしれないとおっしゃっていた。

 グルワースとワークは同じようなものだから想定通りとして、ルンゴールもよくいる獣だから、たぶん大丈夫。でも――。


「ガドルって?」


 この名前は先生の口からは出てこなかったし、私も知らない。


「狼の一種です。スラグより一回り大きいくらいで、下の牙が長いのが特徴です。尻尾の先に毒針を持っていますが、遅効性の麻痺まひ毒なのでそれほど脅威ではありません。群れを好まないので、大抵一体でいます」


 シュスタが学園の教師に答える生徒のようにすらすらと説明してくれた。


 スラグと聞くとつい身構えてしまうけど、スラグなら先生の敵ではない。

 少しくらい大きくても同じだ。

 麻痺まひに効く薬も持っているし、一体なら対処が遅れることもない。


「厄介なのは、ガドルは他の獣を従わせることができるんっす」

「従わせる?」

「そうなんです。他の獣の群れのボスになれるって言うんでしょうか。鳴き声に強制力があるらしくて。あ、鳴き声についてはまだ研究中なんですけど」

 

 そんな獣もいるのね。

 まだまだ私の知らないことはたくさんあるわ。


 って、そうじゃなくて――


「それってまずいじゃないの! 先生が危険だわ! 早く行かないと!!」

「そ、ソフィさん! 今回は追いかけないって言ってたじゃないっすか!」


 ロルドが走り出そうとする私の腕をつかんだ。


「そんなわけにはいかないわ! 先生の一大事なのよ!?」

「ノトさんなら大丈夫ですよ。今までここより難易度の高いところを攻略していますから」

「それは……」

「それより、ソフィさんの言っていたとおり、できるだけ広い範囲を掃討しておくのがいいっすよ」

「でも……!」


 振りほどこうとするが、ラルドは腕を離そうとしない。

 本気を出せば振りほどけるけれど……。


「ソフィさん、落ち着いて下さい。ガドルがいるのはこの草原です。戦闘の気配はありませんから、ノトさんはもう先へ進んでしまっていると思われます」

「このまま突っ込んだら、ソフィさ……おれたちが危ないっす」

「そうね……ごめんなさい」


 先生の役に立つと決めたのだ。

 まずは自分を守ること。出来ないなら人を助ける資格はない。


 私が落ち着いたのを見て、ロルドが腕を離した。


迂回うかいすることはできないの?」

「木に登ればわかるっすけど、横幅が半端ないんで、やめといた方がいいっす。あと、道を無視して直進すると沼に落ちるって先輩が言ってたっす」

「こうやって道が出来ているところは相応の理由がありますから、外れないのが定石です。ノトさんもそれだけは守っていると思います」


 そう、なのかしら?

 先生のことだから、面倒だと言って最短距離を進んでいるかもしれない。


 魔法陣がないから無茶はしない?


 いいえ、先生だもの、そんな確信は持てないわ。


「とにかく、急いで掃討して、少しでも先に進みましょう」


 先生がここにいないなら、遠慮はいらないわね。


 私は率先して呪文を唱え始めた。


「ソフィさん!?」

「何やってんすかっ!」


 しかしすぐに二人に制止されてしまう。


「何って、魔術を――」

「こんなところで火の魔術なんて使わないで下さいっ!」

「え、でも――」

「でもじゃないっすよ! いくら杖なしとはいえ、火はまずいっす! 焼け野原にする気っすか!?」

「そ、それは範囲を限定――」


「そういう問題じゃありませんっ!」

「そういう問題じゃないっす!」


 二人の剣幕に口を閉じるしかない。


 全て焼き尽くすつもりだったなんて言える雰囲気ではなかった。

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