第199話 草むら

 息も上がる前に、小道は二手に分かれる。


 右はパスベリーの木へと繋がっている。

 パスベリー自体は何の役にも立たないが、パスベリーをえさとするカムデルの体液が染料になる。

 今は繁殖期だから採集は禁止だ。

 なのに人の気配を感じるのは……密漁だろうな。


 俺が進むべきは正面。


 背丈よりも高い草が壁のように密集して生えていて、小道は壁にできたわずかな隙間へと続いていた。

 人通りが多ければ隙間も大きくなるのだろうが、両側の草は葉を目一杯広げて隙間を埋めようとしており、通るのも一苦労だった。


 道は蛇行していて先が見えず、どこまで続いているかわからない。


 右腕で顔をかばい、横に張り出した茎に足を取られないように気をつけながら走っていると、左右から複数の気配が近づいてきた。


 さっそくお出ましか。


 この森でこの草に隠れ、集団で狩りをするならば、メメドコかワークあたりだろう。


 あまり脚は速くないと見て、そのまま走り抜けることにする。


 すると突然、斜め前方から茶色い毛玉がくうへと飛び上がった。

 そいつは頭上、比較的低い位置にある木の枝を、長い一対の腕を伸ばしてつかみ、ぶらりとぶら下がった。

 そしてすぐに別の手でも枝をつかみ、腕だけで悠々と空中を移動していく。


 左右に散らばった気配からも、次々と毛玉が飛び上がり、樹上から俺を見下ろした。


 長い一対の腕、短い一対の腕、そして一対の足。

 額にあるのは黒い一つ目。


 よりによってルンゴールかよ。

 五体? いや、七体か。


 左右にそびえる草が邪魔で視界が狭い。

 しかも剣が使えない。


 走り抜けるより、樹上を移動する奴らの方が速い。

 逃げ切るのは無理か。


 ならば最速で倒すのみ。


 腹を決めて、正面のルンゴールを見つめながらゆっくりを息を吐く。

 ルンゴールを中心として次第に視界が狭まっていき、代わりに周囲の状況を肌で感じることができるになってく。

 

 ゆっくりと腰から大きめのナイフを取り出し、正面ではなく、キーキーと隣と鳴き合っている斜め左のルンゴールがよそ見をしたタイミングで、素早く投擲とうてきした。


 都合がいいことに、タイミングよくルンゴールがこちらを見て、ナイフはその一つ目に深々と突き刺さった。


 ギィーギィーと悲鳴を上げたのは、周りにいたルンゴール達だった。


 後ろへ倒れるルンゴール。

 落ちるかと思ったが、短い方の強靭きょうじんな腕ががっしりと枝をつかんでおり、枝からさかさまにぶら下がる格好となった。


 顔は見えないが、ぴくりとも動かないところを見ると、息絶えたのだろう。

 

 周りのルンゴールたちはキーキーと鳴きながら、長い方の腕でどんどんと枝を叩く威嚇いかくの動作をした後、次々に俺に向かって飛び降りてきた。


 真上に来た奴はナイフで腹を一突き。

 短い腕でつかまれると厄介なので、ナイフごと前方へ押す。

 背中を打ったルンゴールが体を硬直させた隙に、ナイフで両脇を切り、腕を使えなくする。


 長い方の腕が俺の顔へ伸びてきたが、頭蓋骨ずがいこつを踏み壊して沈黙させた。

 あと五体。


 後ろから飛びかかってきたルンゴールは、気配を感じた瞬間にしゃがんで回避。

 跳び越えたルンゴールの長い腕をつかみとり、手首を支点に回転させて背中から叩きつける。


 先ほど倒したルンゴールの上に重なるように落ちたルンゴールは、背中がナイフのに当たり、ぐえぇっとのどが潰れたような音を漏らした。


 上がったあごの下、首元をナイフで深く切る。

 血が吹き出し、草の壁を赤く染めた。


 あと四体。


 汚れるのも構わず、二体のルンゴールを飛び越えて、前へと走る。


 両側からがさがさと近づいてきていた四つの気配は、俺の移動に合わせて軌道を変えた。

 草に隠れてうまく追っているつもりだろうが、気配で丸わかりだ。

 樹上を移動すればいいものを、わざわざ草をかき分けているものだから、速度も出ていない。


 警戒を続けたが、結局そのまま走り続けて草むらを抜けた。

 四体は抜ける直前に樹上に移り、それ以上は追ってこなかった。


 ここからは、木々が立ち並ぶ中を通る。


 白い斑点はんてんのある緑っぽい幹は、一見俺の胴周りくらいの太さに見えるが、根元が大きく広がっている。


 先程は背が高いとはいえ密集していたのは所詮しょせん草で、その上に枝を伸ばしていた木はまばらであまり葉のない種類だったが、この木は精一杯枝葉を伸ばし、頭上をすっぽりと覆っていた。


 暗く草のあまり生えていない地面には、人が通った跡がほとんど残っていない。

 一応、幹には目印が刻まれてはいるが、はっきりとしていない物も多い。

 方向だけを頼りに森の中をただ探索しているのと変わらない状況だった。


 検問まであるのにも関わらずこれほどまでに整備されていない理由は明確で、ここがチューリュの縄張りだからだ。


 夜行性とはいえ、昼間でもうっかり踏んづけてしまえば、どこからともなく集まってきたチューリュに襲われ、骨だけがその場に横たわることになる。

 こぶし大の大きさとはいえ、数は力だ。


 この暗さで土の色に溶け込まれたら、見分けるのは容易ではない。

 かといって、もたもたしているわけにはいかない。


 俺は木の実をまとめて口に放り込んだ。

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