第198話 検問

「……というわけで、ある程度融通のきく魔術と違って、魔法陣は間違えることなく厳密に正確に描かなければならない。その代わり、描いた通りに確実に実行される。また、世界に認識させるだけだから、にえにする魔術より、格段に魔力を節約できる。理解したか?」

「ええっと……ちょっとお待ちいただけますか? 世界に認識……? にえ……?」


 ソフィは脱力して背中を丸め、ひたいに片手をあてて、困惑しているようだった。


 気持ちはわからんでもない。

 

 詠唱で魔術が発現する仕組みなんて、誰も気にしない。

 魔法陣の仕組みと魔術との違いについてなどもってのほかだ。


 学園でなら教えているんじゃないか、と淡い期待を持っていたが、やはりそれはなかったか。

 我が弟子はえある未来を蹴り飛ばして中退してきたから、上級生になれば学ぶのかもしれないが。


 ソフィがぶつぶつと俺の話を繰り返しつぶやいているのを眺めていると、静かに馬車が停止した。


 トントンとドアが叩かれた。


「ノトさん、ソフィさん、着いたっすよ」


 男の声だ。

 たぶん、ラルなんとかだろう。


「ソフィ、時間切れだ。行くぞ」

「あとちょっとだけ待ってください。今動いたら頭から抜けてどこかへ行ってしまいそうで」


 こぶしを口に当て、うつむき加減で難しい顔をしているソフィを置いて、馬車から降りた。


「ついて来なくてもいい」

「え、ま、待って下さい! 行きます! 行きますっ!」


 ドアの閉めぎわに告げると、ドア越しにソフィの慌てた声が聞こえた。

 そんなに大きな声を出すと頭からこぼれ落ちるぞ。


 長々と馬車で座りっぱなしになっていた割には体が軽い。


 目的地を伝えた覚えがないのだが、馬車は想定通りの場所――森に着いていた。


 森の入り口から街道までは細いがしっかりとした小道が伸びている。

 わだちなどの凸凹でこぼこはきちんとならされていて、どうりで揺れなかったわけだと思った。


 この森の奥にはアカダヨの木がある。


 アカダヨの実は規制されているから、森の入り口には柵と検問がある。


 入るときはここで登録をして、出るときに荷物の検査を受ける。というか、アカダヨの実はその場で協会に買い取られる。

 取り扱い免許を持っていれば持って帰ることもできるが、連中はわざわざ自分で採りには来ない。


 とはいえ、柵が森全体を覆っているわけはないので、勝手に入って勝手に出てく奴はいる。


 それでもわざわざ検問を通るのは、その方が楽だからだ。

 人が多く通れば獣の数は減り、獣道みたいなものができるから、深いやぶの中でも進みやすい。

 ちょっとした休憩スペースができていたり、川に飛び石が投げ込んであることもある。案内板まであるという親切さ。

 

「先生、装備を!」

「おっと。すまん」


 ソフィが剣を持って降りてきた。


 受け取って腰に差す。

 これも、と差し出されたのは、くるくると巻かれたナイフ入れ。

 

 体が軽いと感じたのは、ナイフを身に着けていなかったかららしい……。


 少しずつ広げてくれているナイフ入れから順番にナイフを取り、服に仕込んでいく。


「何本持ってくつもりっすか」


 赤い髪の男が検問から近づいてきた。

 向こうで検問係の協会職員と話しているのは、桃色の髪の女。

 ラルなんとかと、クスなんとかだろう。


 俺が黙っていると、赤髪は肩をすくめた。


「受付は済ませたっすから、いつでも入れるっすよ。ただ、ここんところアカダヨの方に行く人は少ないっすから、獣が繁殖してうろうろしてるんじゃないかって言ってたっす」

「想定済みだ」


 在庫がないということは、そういうことなのだろうと思っていた。


「一応、長めに五日間で申請しましたけど、構いませんか?」


 職員との話が終わったのか、桃色が加わった。


「好きにしろ。俺は先に帰る」

「……そう言うと思ってました。明日は別のところに行くと聞いています」


 お気をつけて~、と検問係の妙に間の抜けた声を受けて、俺たちは四人そろって検問を抜けた。


「ソフィ、ついて来なくていいぞ。足手まといになるだけだ」

「……はい。わかっています」

「そっちの二人――ルドルフとシャナだっけ?――もな」

「ロルドラルドとスシャクシュスタっす。ついて行けと言われてるんすけど……」

「ロルドとシュスタでいいです。そのぅ、ノトさんが前衛をやってくれれば、わたしたちもそれなりに戦力になれると思うんですけど……」


 ソフィは聞き分けがいいが、赤色と桃色は食い下がってきた。


「速さ優先の時に前衛も極小化もできない魔術師は要らん。まだソフィの方が役に立つ」

「本当ですかっ!?」

「でもついてくるなよ」

「はい……」


 三人を背にして、隠しポケットから木の実を三つ出した。

 奥歯でかみ砕き、飲み下す。


 剣は抜かない。

 しばらくは走り抜けられるはずだ。


 よし。


 俺は二、三かるく跳躍してから走り出した。



「ノトさん、行っちゃいましたね」

「いいんすか、追いかけなくて」

「いいの。私たちにできることをしましょう。先生が戻ってきたときのために、できるだけ周辺の獣を討伐するの。私が前衛をやる。遠距離の攻撃と、感覚強化、障壁、回復はお願い」

「攻撃メインでいくっす」

「補助得意です」

「行くわよ」

「はい」

「了解っす」

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