第196話 師弟

 ベルトに装着するようになっていて、入れる部分が一つのシンプルなポーチだ。

 中にはもう何かが詰められている。


「消耗品ですわ。傷薬、体力回復薬、止血薬、各種毒消し。包帯も入れてあります。手当てした形跡がほとんどないのでおかしいとは思っていましたけれど、まさか何も持たずに狩りに行っていたなんて。信じられませんわ」


 小ビンに入っているのは水薬。

 二つ折りにした油紙には少量の軟膏なんこうが挟まっていて、折り畳まれた油紙には粉薬が入っていた。

 そのすべてに名称と効果が記入してある。


 戦闘後の落ち着いた時に使うことを想定しているようで、識別のしやすさや取り出しやすさよりも省スペースに重きを置いていた。

 ラインナップも手軽さより効果重視だ。


「ポーチごとでもお薬だけでも、お好きなようにお持ちになって下さい。品揃しなぞろえがお気に召さないのであれば、こちらからどうぞ」


 ソフィが小ぶりのトランクを開けると、ポーチの中にあるような、小ビンや油紙がぎっしりと入っていた。

 それに加え、小ビンには液体だけでなく粉薬や乾燥させた素材が入っていたりからだったりしていて、油紙は使用前のものも用意されていた。


 小さな革袋に入っているのは、おそらく基剤のタロ油とビル液。粉末状の薬に加えてれば軟膏なんこうになる。


 粉末の方が保存がきくし、持ち運びもしやすい。

 軟膏なんこうを戦闘中に使うなんてことはまずないから、どの薬がどちらの基剤に適しているのかを知っていれば、分けて持つのがいいに決まっている。


 しかし、考えてくれたソフィには悪いが、俺は効果よりも手軽さ重視だ。

 全く薬の知識がないわけではないが、保存期間や在庫を管理しながら数種類持ち歩くのは手間がかかるし、いくら落ち着いたときに使うとはいえ、一々その中から選ぶのも面倒だ。


 ポーチはいったん使わせてもらうとして、中身は汎用性のある薬を厳選して、ほぼ全部入れ替えた。

 服の薬用のポケットにもいくつか入れておく。


 その様子を見ていたソフィは、言葉にはしないが、少しがっかりしているようだった。


 ここまで考えてくれたのなら、そりゃあそうだよな。


「なあ、なんで急にこんなことをする気になったんだ? 今朝だけじゃない。昨夜から、だよな」

「もちろん、わたくしが先生の弟子だからですわ!」


 ソフィは、にこりと笑った。


「前から思っていたんだが……弟子というものを重く考えすぎていないか? 普通ここまでしないぞ。弟子から師弟関係の解消を言い出すこともある。俺が言うのも変な話だが、弟子入りしてからのことを考えると、とっくにやめていてもおかしくないんだが」


 今までのことを思い返すと、あり得ないことだらけだった。

 俺も師匠のもとで、名をせた流れ者にも負けないほどの経験をしてきたが、その俺ですら引いてしまうほどの波乱万丈の毎日だった。


 でかいスラグに絡まれ、憲兵に捕まったり、脱獄したり、森をさまよいサバイバルして、ようやく街に戻れたかと思えば、騎士の生み出したドラゴンもどきと戦闘。

 こんなに命の危険にさらされるなんてこと、その辺の流れ者でもなかなかない。


 それに、ソフィの順応性が高すぎてつい忘れそうになるが……トビ――本物の魔物ドラゴンと生活を共にしていることが、一番まともじゃない。


 俺も殴ってしまったわけだし……。


「何をおっしゃるのです!? 先生に弟子入りをすると決めてから、何があっても、どんなことが起こっても、先生についていくと覚悟を決めたのです!」


 何がソフィをそこまでさせるんだ。


 その疑問をソフィにぶつけると、珍獣を見るような目で見られた。


「わたくし、最初にお伝えしたはずなんですけれど」

「あー……聞いたような気もする。俺の魔法陣が気に入ったんだっけか」

「そうですわ」


 ソフィがまたにこりと笑った。


「……」

「……」


 俺は何の言葉も返すことが出来ず、ソフィも何も言わなかった。


 不自然な沈黙が流れ、どうにも居心地が悪くなってきた頃、ソフィがはぁとため息をついた。


「あ、失礼しました。あまりにも先生が……その、わかってくださらないので」

「何を?」


 何も考えずに聞き返すと、ソフィは一瞬無表情になり、またため息をついた。


 再び居心地の悪い空気が俺たちの間に満ちた。


「……わたくしは先生の弟子ですわ」

「あ、ああ。そうだな」

「わたくしは先生が魔法陣を描いていたところに憧れ、魔法陣の美しさに心を打たれて弟子にして頂きました」

「そう、らしいな」

「わたくしは、わたくしが理想とする弟子像に近づくべく、日々先生にお仕えしてきたつもりです」

「ああ、よくやってくれていると、思っている」

「なのに……」

「なのに?」


 ソフィは形のよい眉を吊り上げて、キッと俺をにらみつけた。

 なかなか向けられない表情に、思わずひるんでしまう。


 ソフィがすぅっと大きく息を吸い込んだ。

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