第三章

第195話 用意

 来た時とはまた違うルートで王宮の外に出た。

 移動の途中で兵士が手を貸してくれようとしたが、断った。


 もちろん送迎も断っている。


 素材を取りに行くのは仕事だ。

 だから送迎の申し出は受けるし、報酬ももらう。


 だけど、こっちでは――あの部屋でやっていることに対しては、何一つとして対価を受け取りたくなかった。

 魔法陣を描くことを生業なりわいにしている俺だからこそ、あれを仕事とは認められなかった。


 王宮前の広場を分かつ門を抜けると、張っていた気が緩んでどっと疲れが肩にし掛かってくる。

 耳鳴りは止まず、視界がにじんできて、夕暮れ時の暗さもあって足元がよく見えない。


 ふらふらしていると人を呼ばれて面倒なことになると、気を引き締め直す。

 家はここからずいぶん遠いが、馬車を捕まえてしまえばあとは座っているだけでいい。


 それまではなんとか……。


 しかし、思いとは裏腹に足は言う事をきかず、持ち上げ損ねたつま先が石畳にひっかかり、ぐらりとよろけてしまった。


「せんせっ」


 それを横から体にしがみつくように支えてくれたのは、ローブのフードを深くかぶった小柄な人影。


 声は水中の中で聞くようにくぐもっていたが、香りでソフィだとわかった。


「おまっ! ……こんなところまで。王都のど真ん中だぞ」

「フードがあるから平気です」

「王宮の前でその格好は――」


 怪しすぎるだろうと言う前に、反対側から伸びてきた手がするりと腰に回り、俺はそのままかかえ上げられた。


 悲鳴を上げなかったのは、吸い込んだ空気にむせたから。


 げっほげっほと内臓が口から飛び出すんじゃないかと思うほど激しいせきをした俺の背中を、たぶんトビなんだろうなと思われる男の手が、走りながらトントンと面倒くさそうに叩く。


 白昼はくちゅう……じゃない、黄昏たそがれ時に堂々と行われた人さらいに、門兵たちがぎょっとして駆けつけようとしたが、口元を押さえていない方の手で何でもないと合図を送り、事なきを得た。


 荷物のように肩にかつがれた俺は、馬車に放り込まれ、家に着けばベッドに放り投げられ、竜巻のようにトビに身ぐるみをがされ、ソフィににが酸っぱい液体を飲まされ、トドケシの樹液かと思われるほど甘ったるく粘っこい液体も飲まされ、ひと心地ここちついたときには、横になって天井を見ていた。


 二人の手際のよさが少し心配になった。




 次の日、驚くほどすっきりと目覚めた俺が部屋から出ると――


「おはようございます、先生」

「おわぁっ!」


 ――ドアの前でソフィが待機していた。


「さあさあ、急いで身なりを整えて下さいませ。馬車はもう来ています」

「え、でも、飯……」

「朝食は馬車の中でどうぞ」


 最低限の準備だけで追い立てられるように家を出て、馬車の中に押し込まれた。


 隣に優雅にソフィが座ったのと同時に、馬車は出発した。


「ふぅ……って、装備!」


 体一つで出てきてしまい、ナイフの一本も持っていないことに気づく。


「な――」

「ナイフはここに」


 ソフィが、座席の前に積んである荷物から、帯状の革をくるくると丸めたものを取り出して、ずしっと俺の膝に乗せた。


 ひもをほどいて広げれば、大小様々なナイフがきっちりと収められていた。


 ナイフをめるバンドがずらっと並んでいるだけの簡単な作りだが、この本数を収めるナイフ入れを見たのは初めてだ。

 もちろん俺の持ち物ではない。


「これ――」

「ええ、作ってもらいました。お部屋のナイフを数えてから行きましたのに、お帰りになった先生の服から四本も出てきたときは驚きました。多くても二本かと思っていましたわ」


 あと一本しか入らないので作り直しておきますね、とソフィはなんでもないことのように続けた。


 俺はなぜソフィが急にこんなものを用意してきたのかわからず、曖昧あいまいにうなずいてしまう。


 ええと、何をしたかったんだっけ?

 そうだ、装備を持って来ていないという話で――。


「剣はこちらに」


 ナイフのほかに必要なものはと思い返すよりも前に、ソフィが前の荷物の陰から剣を持ち上げて俺に見せた。


「ですが、別の剣も用意しました。見て頂けますか?」


 ソフィは俺の剣をその場に置き直し、別の剣をさやごと渡してきた。


「いつの間に……」


 狭い車内で抜剣するわけにもいかないので、さやから引き出した剣身を見るしかないのだが、剣にこだわりがあるわけでも詳しいわけでもないので、よくいであるなという感想しか浮かばなかった。


 重さはちょうど良さそうに思うが、これは振ってみないとわからない。

 もっといえば、斬ってみなければ切れ味はわからないし、ある程度使ってみなければ、劣化速度や切る物による切れ味の違いはわからない。


「悪い、いつものがあるならそっちが――」

「わかりました。手袋と上着も持ってきています」


 ソフィは愛用の指なし手袋と外套がいとうを荷物から取り出して俺に見せた。


「ほかに足りない物はありませんか?」

「いや、武器と防具があれば――」


 なんだか笑顔に迫力があるのは気のせいか。


「よかった。ではこれを」


 ソフィは俺の手からひょいっと剣を取り上げると、今度は手のひら大のポーチを寄越してきた。

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