第194話 次回

「次は維持か?」

「拡張でしょ?」


 座り込んでいる俺に、隣に立って魔法陣が片づけられていくのを見ていたパースとレイが、聞いてくる。


「分岐、だ」


 集中しすぎたのと、子どもを痛めつけるという精神的疲労で、今にも意識を失いそうだ。


「それはまだ早いんじゃない?」

「先に、確か、める。血も、ある」


 声を出すたびにのどが痛む。


「ああ、昨日届いたドムの血液ね。そうね、有効なら集めなくちゃならないけど、量をとるには時間がかかるものね」

「確かめるってそっちじゃないぞ。ノトは分岐が仮説通りにいくか見ておきたいと言っているんだ。それが間違っていたら、構造を大きく見直さなくてはいけないからな。ドムの効果を見るのももちろんあるだろうが」

「わ、わかってるわよっ」


 駄目だ、意識が遠のく……。


「あ、ちょっと、ノト、待って。……あー、落ちちゃった」

「仕方ない。プロトタイプができたら起こそう」

「ノトなしで? 意味なくない?」

「おいおい。研究班総出でやるんだぜ? 古文書解析のパースジェラルド班、新規構造開発のレイルバード班、技術応用のトレムランス班とルーゼンリムルド班。ノト一人の直感にばかり頼っていられるかよ。これ以上ノトに持っていかれると、班長として立つ瀬がない」

「まあ、雑用ばかりやってたチビっ子時代を知ってるのは私たち班長勢くらいだけど、それでも外から連れて来られたにばかりやられているわけにはいかないわね」

「……って、この話、何度目だ?」

「さあ? 実験直後にするのは初めてだけど、実験前夜ならほぼ毎回。それをパースが聞いてくるのもセットで。……さて、ルーが呼んでることだし、今度こそノトを負かすわよ」

「おっし」




「……ノト、ノート、ノト・ゴドール! 起きろっ!」


 わんわんと騒音が鳴っていたかと思うと、突然体に触れられた。

 反射的にナイフを抜く。


「――うわぁっ! 待て待て待て!」

「んあ?」


 俺が胸と肩を片膝と片手で押さえつけているのは、パースだった。


「んだよ、パースか。驚かすな」

「驚いたのはこっちだ! 死ぬかと思ったわ!」


 首に突きつけていたナイフを腰に戻す。


 疲労困憊こんぱいの寝起きで急に動いたものだから、脈拍が急激に上昇し、耳鳴りがした。


「だから気をつけてって言ったのに」

「いきなり襲い掛かってくるとは思わないだろう!?」

「人前で無防備に寝てるノトなんて危ないに決まってるじゃない。障壁くらい使わないと」

「それ無防備って言わないよな!?」


 後ろで聞こえてくるやり取りにはつき合わず、ふらふらと作業台へと向かう。

 夫婦めおと漫才はいつものことだ。本人たちは犬猿の仲だと言い張るが。


 作業台の上には、魔法陣の図案が置いてあった。

 全体の構成図と、主な構造の詳細が数枚に分かれて描いてあり、筆跡はまちまちだ。


 部屋に残っているのはパースとレイだけで、師匠や他の研究員はとっくに撤収していたが、みんなで議論したことがうかがえた。


「どう?」


 一枚を手に取って眺めていると、レイがのぞき込んできた。


「どうって?」

「次回使う分岐の構成案なんだけど」

「見ればわかる」

「じゃなくって。出来でき出来でき。どう?」

「いいんじゃないか」

「は?」


 レイが眼鏡の奥の目を大きく開き、眼鏡のレンズと同じくらいの大きさに口を開けた。


「ダム連結を途中に持ってくるところとか、いいと思ったけど」


 俺は、台の上の紙の一枚をトントンと指で叩きながら言った。

 この筆跡は誰のだったか。


「やっ」

「や?」


 驚いた表情のまま一音だけ発したレイは、そのままくるりと後ろを向いた。


「やったーっ!! ノトを負かしたわ!」


 レイは両手を振り上げて、座り込んだままのパースに体当たりする勢いで走り寄り、いえーいとハイタッチした。


 キンキンと甲高かんだかいレイの声が、耳を通り抜けて脳に突き刺さる。

 頭痛がひどい。


「で、グードの果肉と乾燥ヒカリミドリゴケとタタナドンの尾骨はあるのか?」


 図案に必要な素材をげる。


「ミドリゴケとタタナドンはある。グードの果肉は使うと思って事前に発注済みだ。明日には届く」


 パースがレイに手を借りながらよろよろと立ち上がった。

 腰が抜けていたのか。


「時間がかかりそうなのは、モッドの種とアカダヨの実だ。季節じゃないのもあって、たぶん五日はかかる」

「他はそろうんだな? じゃあ、次は三日後だな」


 俺は持っていた紙をひらりと台の上に落とし、すたすたと歩き始めた。


 ――というのは気持ちの上での話。

 実際は体がついてこず、軽快どころか、よろめきそうになるのを誤魔化すので精一杯だった。


「ちょっと、また自分で獲りに行くの!? いい加減にしなさいよ!」

「うるさいっ」


 腕をつかみ、引き留めようとするレイの手を、パンッと払いのけた。

 頭を振った拍子に視界が暗くなり、倒れそうになるのをこらえる。


「ほっといてくれ!」


 こんなこと、さっさと終わらせてしまいたい。


 ドアにたどり着くまで長くかかったが、俺たちの間には沈黙しか流れなかった。

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