第193話 成果

 パースジェラルドとレイルバードがタンクに駆け寄り、即座に回復魔術を使った。

 おそらく、魔法陣に魔力をそそぐ必要がなくなった後、あらかじめ詠唱しておいたのだろう。


 またも狙いすましたかのように、部屋の中へ人がなだれ込んできた。

 二十人ほどいる彼らは、全員研究班のメンバーだ。

 俺が知っている古参のメンバーもいれば、新しく入ったメンバーもいる。


 彼らは入ってくるなりばたばたと動き始めた。

 全員が、各々おのおのがやるべきことを知っている。


 魔法陣の外、持ち込まれたマットの上に寝かされたタンクは、パースとレイによる初期治療ののち、精神を落ち着かせる術と体の動きを低下させる術によって、意識が朦朧もうろうとしている状態になっていた。


 三人の魔術師がそばにいて、懸命にタンクを治療している。


 命に別状はない。

 だが、タンクの右目と左のひざから下は失われたままになるだろう。

 現代の魔術では、完全に失われた部分を再生するのは難しい。


 タンクとレイは、他のメンバーを指揮し、魔法陣の再構築を始めている。

 一度の発動で壊れてしまっていて、その上タンクの血がまき散らされている。

 ほとんど全部描き直しだ。


「ノト」


 気づくと目の前にパースがいて、項垂うなだれた俺の後頭部に声が落ちてきた。


「改善できるところはあるか」

「……」


 答えないでいると、パースに髪をわしづかみにされ、上を向かされた。


「改善できるところはあるかと聞いたんだが?」

「……あ、ああ」


 思考が上手くまとまらないが、思いついたことをそのまま口に出す。


「ゼム機構とドール変換機構の間に橋がいる。ドンゼルミラード回転軸には第三文字を追加。隣接するベルダ機構には接触しないように」

「バル回路と減衰流路の間にも橋が足りないと思うんだが」

「単純に描くと迂回うかい路ができて循環しなくなる。描くならハコベニのインクを」

「わかった」


 うわ言のように呟くと、パースが手を離した。

 がくんと首が落ちる。


「ノト」


 小さく、タンクの声がした。


 振り向けば、タンクが部屋の外へと運ばれている最中で。


「おれ、頑張ったぞ」


 首をこちらに向けて、にしし、とタンクは弱々しく笑った。


「ああ。よくやった。助かったよ」

「よかった。役に立てて」


 それだけ言って、タンクは左目を閉じて眠りに落ちていった。


 右目は治療のために無理やり開かれたままで、そこにはぽっかりと穴が開いていた。


 なんでタンクがこんな目に合わなきゃいけないんだ。

 これは本当に必要なことなのか。

 やらなくてもいいんじゃないか。


 国のシステムを崩壊させる。

 そんなこと、許されるんだろうか。

 ましてこんな非道を犯してまで。

 

 進むべき道はこれで合っているのだろうか。

 このまま実験を続け、改善を重ねれば、いつか完成するのだろうか。

 もしも決定的な何かが足りないのだとしたら。

 もしも根本的に構造が誤っているのなら。


 色々な思いが頭をぐるぐると駆け巡る。


 そのとき、すぐ近くから、誰かの声が聞こえた。


「パースさんとレイさんが魔力を入れたあと、ノトさんの調整が遅いらしいじゃん。そのせいで負担かかってるって。てか魔力ないとかいまだに信じられないんだけど」

「お、おいっ」

「あ……」


 本人がすぐそばでうずくまっていると知って、研究室に入ってまだ日が浅そうな二人組はそそくさと離れていった。


 そうだ。

 俺が魔力を操るのが下手だから。

 掌握しょうあくできる魔力が少ないから。

 もっと自然に、ゆったりと魔力を循環させることができたなら。


 いいや。

 手から離れてなお魔力を操り、他人の魔力に馴染ませるなんて芸当ができるのは俺だけだ。

 どんなにお粗末だろうが、俺以上にこの役をこなせる奴なんていない。

 加えて、魔力の流れを読み取って魔法陣の欠点を指摘するだなんて、他に誰ができる?


 だが、俺の力が足りていないのは確かだった。


 俺に魔力があったなら。

 

 体に通して操れる魔力量には限界がある。

 一度にちょうど破砕器二本分。


 でももしこれが自分の魔力だったら。

 きっと操れる魔力はもっと多くなる。

 適切なタイミングで適切な量を追加して、もっと上手くやれる。


 俺に魔力があったなら。


 俺ができそこないでさえなければ。

 


  

 辞退せずに残った三人の子どものうち、一人は魔法陣と繋いだあとに辞退した。

 師匠は失望の色を隠さなかったが、受け入れる気持ちがなければ失敗することがわかっている。無理強いをする意味はない。


 残った二人の少女の人生を台無しにして、実験は終了した。

 

 タンクを含む三人の子どもたちの犠牲によって、今日は大きな収穫を得た。


 魔法陣の外周に、はかなく薄いながらも必ず壁を形成することができるようになったのだ。

 作れたり作れなかったりとまちまちで、てきてもすぐに穴が開いて崩壊していた前回までと比べれば、飛躍的な進歩だ。


 体を捧げてくれた彼らには、十分な返礼が支払われる。

 犠牲に見合っているのかは、俺にはわからない。

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