第192話 弾けて

 どれだけタンクが暴れようとも、その手は張り付いたように陣に固定され、魔力の流れが断ち切られることはなかった。


「ほら早くっ」


 師匠に言われるまでもなく、俺は全力を出していた。

 右手も魔法陣に突いて、同じ魔法陣に流れて反発しあっている二人の魔力を、加えた魔石の魔力でなじませていく。

 陣のふちに沿ってぐるりと円を描くように、循環を意識して、暴れ回る魔力をなだめる。


 二人の詠唱がまた強くなった。


 詠唱しているといっても、魔術を使っているわけではない。魔石や魔法陣を起動するのと同じで、魔力をただ流しているだけだ。

 詠唱は、二人の呼吸を合わせるためのもの。


 それっぽく歌い上げてはいるが、中身は「建国の物語」の古語――現存する文献の中で最も古い言葉で書かれたバージョンだ。

 魔法陣研究班に入る時に教えられるものの一つ。俺も含め研究員はみな暗唱できる。


「もっと、ゆっくり……っ」


 時間がつにつれ、そして魔力が広がり溶け合っていくにつれ、俺の意識から離れようとする。

 特にパースジェラルドとレイルバードが魔力をそそいでいる場所は奔流ほんりゅうが激しく、魔力がかき消されそうになる。


 意識と魔力の間にある糸のようなイメージが途切れないように集中する。

 うつむき気味の鼻から、ぽたりと汗が落ちた。


「ががっ、げほっ、ぐががっ」


 タンクの首ががくがくと揺れる。

 びしゃっと血が飛んだ。


 やっと外周を把握し終え、線にそって内側へと浸透させていく。

 ぐるぐると回しながら、螺旋らせんを描くイメージで、気持ち内側にこすりつけていくように。


 タンクは言葉にならない声を出し続け、うつむいて苦痛に耐えているように見えた。

 魔力の通りが悪くならないところを見ると、まだ意識は残っているのだろう。


 ようやく魔石の魔力が魔法陣全体に広がり、タンクの腕をい上がり、首のリングへと到達した。


「が……」


 タンクの動きがぴたりと止まった。


 パースとレイは高らかに歌い続けている。

 俺も、魔力を循環し続けている。


 魔法陣から上る白い湯気のようなものが、ゆらりと揺らめいた。


 瞬間。


「ああああああぁぁぁぁっっっ!!」


 タンクが背をらせ、空へ向かって咆哮ほうこうをあげたかと思うと、その首に描かれた輪がぐるりと黒色を帯び、魔法陣全体が一気に黒で塗り潰された。


 その黒は中に白い光を内包しているかのように、きらきらと輝いていた。


 ――魔法陣。


 パースとレイの歌が止まった。

 これ以上魔力をそそぐ必要はない。


 タンクは動かない。


 今、世界に認識された魔法陣は、描かれた術式を解釈されている。

 術式が正しければ、描かれた通りの現象が発現するはずだ。


 四人が見守る中、ピシッと音がしたかと思うと、パースの腹側から血が噴き出た。


 反動で体が揺れ、タンクががくりと首を落とすと、またピシッと音がして、今度は背中側の右肩から腰の中央に向けて皮膚が裂け、血が噴き出た。


 さらにピシリピシリと細かい傷跡が全身に刻まれていく。


「師匠、もう無理です」

「まだいける」

「無理ですって。これ以上は……!」

「駄目だ」


 タンクはがくがくと痙攣けいれんを始めた。


 背中の傷は流れる膨大な魔力によって癒され、出血がおさまった。

 かと思えば、それを横切るように裂傷が走り、再び血が噴き出す。


 飛び、流れた血は魔法陣へ落ちるが、それが陣を塗り潰すことはなかった。

 一度成立した陣はその程度では壊れない。


 それどころか、落ちた血からタンクの魔力を吸い上げて、自らの力としているらしい。


 パースやレイ、そして師匠によると、この魔法陣の中心――タンクに向かって風が吹いているような錯覚を覚え、魔力を吸い取られそうになるそうだ。

 魔力のない俺は何も感じない。


 感じるのは、俺の体を通してそそいだ魔石の魔力が、魔法陣の中を循環していることだけ。


 パースとレイの魔力に、無理やり引き込んだタンクの魔力が加わり、魔法陣によって変質している。

 粘性を帯びたその魔力は、陣を構成する術式の部分で滞留し、流れが悪くなる。


 それを混ぜ込んだ俺の魔力でうながし、スムーズに流れるようにしていく。

 魔力の濃度が偏らないように。途切れてしまうところが出ないように。


 しかし、そうやって魔力の流れを改善するたびに、タンクの体には傷が刻まれていく。

 緩やかになっていた流れが通常に戻ることで、体内を通る魔力が一気に増えるからだ。


「あああっっ!!」


 静かだったタンクが悲鳴を上げ、天井を見上げたかと思うと、その顔からパンッと音がして、血が辺りに飛び散った。


「ああ……師匠、もう無理です」

「いいや。まだいける」

「これ以上はできません」

「駄目だ。続けて」

「だって、このままじゃ失明……っ!」

「だからなんだい?」

「く……っ!」


 俺は魔力を操りながら、全身に傷を負うタンクを見つめていた。


「来た」


 師匠がぽつりと言ったかと思うと、魔法陣の外周を構成する線から、黒く透き通る壁がせり上がってきた。

 薄くゆらゆらと揺らめいているが、立ち上る陽炎かげろうのような魔力光とは、鮮明さが違う。


「いいぞ。新記録だ」


 壁は上に向かって伸び続け、師匠が成果に喜びの声を上げたとき、タンクの足が、バンッと弾けた。


「あああぁぁぁあおあおあぁぁおぉあぁぁっっっ!!」


 絶叫がほとばしり、痛みにタンクがのたうち回る。


「タンク!」


 両手が魔法陣から離れ、陣は光を失った。

 生成されていた壁も、消えてしまった。


「ちっ。ここまでだね。回復急いで!」

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