第191話 恩返し

「なんだぁ、高名な魔術師って聞いてたからよぼよぼの爺さんかと思ってたら、ノトかよ。ノトの髪、俺より黒いくせに大丈夫なのか?」

「いや、あの……」

「聞いてくれよ、ノト。あれからみんな貧民街を出て、表通りの家にみんなで住んでるんだぜ。みんな毎日勉強頑張ってるよ」


 にいっと笑ってから、タンクは前に向き直った。


「作った食事を分けてもらってるから、ノトの言ってた通り、腹をすかせた生活からはおさらばした。荷運びでは給料までもらえてな、みんなの服をつぎはぎのないものに買い替えたんだ。古着だけど、特に女どもがはりきってて、オレはいいって言ったのに、最初に押しつけられたよ」

「タンク……」

「大人になったらしばらく国のために働くっていう約束だけどな、実験に参加すれば、その条件、なくしてくれるんだって。あいつらに好きな仕事を選ばせてやれるんだ」

「タンク、あの……」

「ミルは髪あんま明るくないけど、魔術の扱いが上手いって褒められてて、大きくなったら王都で魔術師になるんだって張り切ってるんだぜ。オレの方が先に来ちまったけどなっ。トルンは回復苦手なのに絶対医者になるって言ってるし、ルイップは剣の腕を磨いて流れ者になりたいんだと」

「やめろ……」

「オレはほんとラッキーだよなぁ。最後は選ばれなきゃだったから。しかも、やるのがあのノトだって。ぷぷっ、笑える。ちょっと怖かったけど、これで安心だ。あんまり痛くしないでくれよ、ノトぃ」


 タンクはこっちを向いてにいっと笑った。


「タンク! お前がこんなことする必要なんて……!」

「ノト!」


 やめさせようと声を上げると、ピシャリと師匠に止められた。


 立ち上がったパースとレイも、冷ややかな目で俺を見ている。


「オレさ、女王様にはすごく感謝してるんだ。親もいない、学もない、何もできないオレたちを助けてくれた。まともな生活ができるようにしてくれた。町が獣や魔物に襲われないのは女王様のおかげって知ってたけど、あんま実感なくて。だけど、オレたちを助けてくれたのは女王様だってわかってるから。恩返しがしたいんだ」


 タンクがもう一度こちらを向いた。


「あとな、ノトにも感謝してるんだ。恥ずかしくて面と向かって改めてはなかなか言えないけどさ。邪魔者扱いされてたオレたちを最初に助けてくれたのはノトだ。仕事くれたり、食料分けてくれたり。あれで盗む以外のやり方を知ったやつもいる。だから、ノトのために何かができるのも嬉しいんだ」


 貧民街の子どもを使ったのは、裏をかくだけの知恵がなく、いざってときに殺しても足が着きにくいからだ。

 食料や素材だって、そのままにしておけば無駄になるだけのものを渡しただけ。


 タンクはむこうを向いた。


「だから、思う存分やってくれ。覚悟はできてる」


 言い終わると、タンクは頭を落とした。うなじがよく見えて、裁きを待つ罪人のようだ。


「し、師匠っ!」

「ダメだ」

「俺、できません」

「ダメだ」

「知り合いなんです、住んでる町の」

「だからなんだというんだい。……パース、レイ」


 師匠は聞く耳を持たず、パースとレイに開始の指示を出した。


 魔法陣の外側、タンクの背後にいる俺とちょうど正三角形を描く位置に待機していた二人は、杖の先をコツンと魔法陣のある一点にあてがった。


 二人が半眼になって詠唱を始めると、白い輝きが杖の先から魔法陣をなぞっていく。

 

「やめろっ!」


 俺が叫んでも、二人がやめるわけがないのはわかっていた。


「知り合いだからってなんだい? 最後はアリステルに使うんだ。その程度でびびっていてどうする」


 パースとレイのユニゾンが、高い天井に吸い込まれていく。


「ほら、早くしないとあいつが苦しむぞ」


 白の輝きは、今や陣の外側の半分以上に広がっており、下からの魔力圧でタンクの髪がひらひらと舞っていた。


 その白が、タンクの手に繋がる部分に近づいていた。


「やめろっ!」

「それ以上わがままを言うとつまみ出すよ。そうなったらあの子がどうなるかは……わかるね?」

「……はい」


 力づくて二人を止めようと体に力を入れたが、師匠に制止されてしまった。


「がぁっ!」


 タンクの悲鳴が上がる。


 見れば、白が両腕をはい上っているところだった。

 速度は遅いが、確実に体をむしばんでいる。


「ぐ、がががっ」


 タンクのあごが上がり、けいれんするようにがくがくと揺れた。


「ほら、はやくやりな。あのままじゃすぐに壊れるよ」

「くそっ」


 腰から破砕機を抜き取って魔法陣の前にしゃがみ込み、左手を決められた場所につける。

 破砕機に詰められているのは、高純度の魔石を砕き、最大限に魔力を充填した欠片だ。


 それがからになるまで弾き、さらにもう一方の破砕機もからにする。


 あふれ出た魔力は体を通して魔法陣へ。

 流れているパースとレイの魔力に混ぜ込んでいく。


 パースとレイの声量が増した。


「ぐがっ、ががっ、かはっ」


 魔力の通り道にされているタンクの痙攣けいれんが一段と激しくなり、耐えきれずに血を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます