第189話 研究者の性

 師匠は中央に描かれている魔法陣の外側、俺から見て陣の手前に立っていた。

 

 魔法陣よりも右側には長テーブルが置いてあり、その上には様々なビンや器具、素材がのせられている。


 内側には、パースジェラルドと、同じく研究班のレイルバードがいて、文献を手に何やら熱い議論を交わしている。


 文献は彼らの足元に数冊、魔法陣の外側にも数十冊が乱雑に置かれていた。


 研究班がまとめたレポートや論文ならまだしも、希少な昔の本までもが雑に扱われているところが、相変わらずだなと思う。

 どうせ、写本があるんだからバラバラになろうが汚れようが構わないとか思っているんだろう。


「大体できてる。確認しておくれ」


 師匠は、目の前で立ち止まろうとした俺を、パースとレイの方へうながした。


「速いですね」

「わたしの部下は優秀だ」


 俺は、前回描き直すようにと指示を出したところを見に行く。

 三か所のうち二カ所は指示通りにできていた。


 しかし最後の一か所、パースとレイが揉めている部分は全くの手つかずだった。


「何やってんだ?」

「あ、ノト! 聞いてよ。パースったら、ここはウェールロッド方式がいいって言うのよ!? 絶対、特殊チンタン式を使うべきよね!?」


 すそまである濃紺のローブの合わせ目をきっちりと閉じ、その肩口に枯れ葉色のお下げを垂らしたレイが、眼鏡の顔を、ぐいっとこちらい近づけてきた。


「いいや違うね! ここは間違いなくウェールロッド方式だ! 入ってきた魔力をここで分岐させて流すのが正しい」


 パースがなぜか俺に向かってまくし立ててくる。


「何言ってるの!? 特殊チンタン式で増幅しないと次の次でとどこおるでしょ!?」


 いや、だからなんで俺に向かって言うんだよ。二人でやってくれよ。


 これから起こることへの嫌悪感を、二人のやかましさがかき混ぜていく。

 ぎゅうっと絞られた内臓が、脂汗として毛穴から出てきているような感覚におちいった。


 俺は両手を顔の横で広げた。


 途端に、ぴたりと二人の口が閉じる。


 研究室に配属されたときに最初に習う決まり事の一つ。

 黙れ。の合図だ。


「前回、俺はウェールロッド方式だと言った」

「だろうっ?」

「でもそれは間違いだった」

「でしょうっ?」

「キーマン変換とフル結合の重ね合わせ、が正解だ」


 俺が放った言葉に、二人は声をそろえてあーーーっと叫んだ。


「キーマン変換! そうね、他の部分の修正内容を考えれば、ここでそれを回収しておかないと、上手く循環しないわ」

「フル結合! 確かに、次やその次までは非効率だが、もっと後のことを考えれば、ここで分岐させて流しておくのが正しい」


 二人は魔法陣の周りの本にそれぞれ飛びつき、勢いよくぺーじをめくり始めた。

 もう何を言っても聞こえないだろう


 ここから直すのなら、完成にはまだ時間がかかりそうだ。

 すみで休もうと、ドアの方へと戻る。


「二人のチームが出した結論を、一目見ただけでひっくり返すなんてやるじゃないか。さすがわたしのノト」

「師匠だってわかってたんでしょう? 黙っているなんて人が悪い」

「まさか。わたしは魔法陣にはそれほど詳しくない」


 嘘つけ。





「できたぞ! 完っ璧だ!」

「はあ、最高だわ。猛々たけだけしい直線に、つやっぽい曲線。自分の才能が怖い……!」


 一方は得意げに、もう一方は悩ましげに完成を報告してきた。


 何でそんなに嬉しそうに笑っていられるのか理解できない。

 こっちは今にも吐きそうだってのに。


 俺だって正解を思いついたとき、そして二人に告げたときに、一切の快感がなかったと言えば嘘になる。


 研究者のさがというやつだ。


 未知が既知へと変わること。難問の解を見つけること。自論が認められること。

 その瞬間ときを迎えて、心を動かされない研究者なんていない。


 みなその快楽に取りつかれている。

 多少手段が間違っていようとも、得られた結果が全てだと思っている。

 そのくらいでないと、将来を研究に捧げようなんて気にはならない。


 俺だってそうだ。

 間違っていることも汚いこともやってきた。

 

 それでも――。


 例え未知への挑戦であっても――。


 これから俺がやることは、決して許されないだろう。




 魔法陣が完成するのを、そしてそれを俺が確認し終えるのをどこかで見ていたかのように、絶妙のタイミングで、一つきりのドアが叩かれた。


 こちらの返事を待たずして、ドアの向こうから兵が現れる。


 よろいの紋章は、近衛兵のもの。


 その後ろからは、腰を縄で繋がれた子どもたちが続く。


 全員が頭から袋を被せられていて、足元が覚束おぼつかない。

 歳は十代なかばで、相応の背丈をしている。


 腰を縛っているのは縄ではなく、革のベルトだった。

 しかも、前後を切り離せるようになっている。

 両手は拘束されていないのだから、外そうと思えば、彼らは自分で簡単に外すことができた。


 拘束するのが目的ではない。

 目隠しをした状態で歩きやすいようにと、繋いでいるだけなのだ。


 六人の子どものあと、最後尾の近衛兵が入室すると、ドアはひとりでに閉まった。


 八人は左の壁際を通って魔法陣の真横まで来ると、先頭の号令を受けて止まり、陣の方に体を向けた。


 六人のうち、半分の三人は膝が震えている。

 膝までのスカートを履いている少女の震えがとくにひどい。

 袋の下で目に涙をためているだろうことは、容易に想像できた。

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