第186話 ひとり

 そこから先は楽勝だった。


 残ったのは、あまり動きの速くないクーガン三体と、図体の大きい四つ足――インヒトリウムが二体。


 クーガンは腕に捕まらないようにさえすればよく、インヒトリウムに至っては、体が大きすぎてまともに動けない始末。自慢の長い鼻による攻撃も、体重を活かす踏み潰し攻撃も、本来の力を発揮できない。


「た、助かったっす。オレら、近接まるで駄目なんで」

「ここは狭すぎて……。ありがとうございました」


 別の集団と戦っていた赤髪の男と桃色の髪の女が、戦いを中断してこちらへ走ってきた。


「あっちもお願いするっす」


 男が集団の方へと俺をうながすが、それに従う義理はない。

 こんなやつらにかかずらっていられない。


 俺は、きびすを返し、無言で洞窟の奥へと急いだ。

 だるそうに上半身を起こしている金髪の少女が、妙に気になった。




「離して!」

「駄目ですって」

「ソフィさん、一人で行くなんて無理っすよ」

「でも先生が……!」

「落ち着いてください。ノトさんは今までもほとんど一人でやっていたようなものですから」

「ここまで戻って来るのにも時間かかったんすから、今から行っても追いつけないっすよ。すれ違えばまた置いて行かれるっす」

「それは! 二人がちゃんと戦えないからっ!」

「……面目ないっす」

「あ、ごめんなさい。外まで運んで来てくれたのに」

「いいんですよ。わたしたちは上の人がいなくなったからって繰り上がりで任命されただけですから」

「パイセンたちがついて行けなかった人に、おれらがついて行けるわけないんすよ」

「でもお二人は、特級魔術師じゃ……?」

「研究寄りっすから。戦闘は得意じゃないっていうか、ぶっちゃけ苦手っす」

「わたしたちは二人とも、『新規大規模魔術の構築および個人発動の功績』ってやつで特級になったんです。協会の依頼達成数や高ランク討伐で積み上げたものじゃないんですよ」

「ソフィさんは金髪エリートなのに、メイス持ちの剣士なんすよね? 流れ者には両方こなす人も珍しくないらしいっすけど」

「流れ者ってわけじゃ……いいえ、そうね、先生の所に来てからは、流れ者みたいな生活も長かったわ。……って、そんなこと話している場合じゃないの! 先生を助けに行かないと!」

「あ、ノトさん出てきましたよ」

「え? ……先生っ!」

「うわ、あの人マジで半日で往復するんっすか……」

「先生! しっかりして下さいまし! ちょ、これどこから出血してらっしゃるの!? やだ骨が見え――」

「先輩、片道だけでも一日がかりって言ってなかったっけ?」

「宿泊用の結界魔法陣持たされたっすからねえ。家でも建ちそうな値段の」

「――そこのお二方っ! 戦闘で役に立てないなら、せめて回復くらい唱えて下さいませんこと!?」

「ソフィさん結構言うっすね……」

「仕方ないよ。わたしたち何もしてないもん」





 びくんっと体が痙攣けいれんし、目が覚めた。


 あったま痛ってぇ……!


 反射的に両腕で頭を抱え込もうとしたが、体はぴくりとも動かなかった。


「先生、起きました?」


 うっすらと開けた目に、ソフィが映る。


「おまっ! 怪我……!?」


 暗かったが、ソフィの前身頃まえみごろがべったりと血に染まっているのはわかった。


 大きく叫び、上体を起こしたつもりだったが、やっぱり体は動かず、声もかすれた弱々しいものだった。


「これは先生の血です。私のではありませんわ。毒も抜けました。王都まではまだ時間がかかります。眠っていてくださいませ」


 ソフィが小さく魔術を唱えていく。

 わずかに体の力を抜き呼吸を深くするだけの、子供だましのような術だ。


 ようやく、さきほどから体に感じる振動が、馬車に乗っていためだと気がついた。

 ソフィの声が降ってくるのは、ソフィの太ももを枕にしているからか。


「協会に、花を渡して、報告を……」


 ソフィがことわりの言葉を放つと、その効果なのか疲れただけなのか、意識が沈み始める。


「ええ。わたくしがすべてやっておきますから、先生はどうかゆっくりお休みを」


 その声を最後に、意識が途切れた。





 ギシリギシリと規則正しく音が鳴る。

 それに合わせてからだがゆさりゆさりと揺れている。


 顔の右側を、なにか柔らかいものがふさふさとなでていく。

 胸や腹が温かいものに触れていて、気持ちがいい。


 目を細く開ければ、階段が見えた。

 ギシリと一段ずつ上っていく。


 顔をなでていたのは、真っ赤な髪の毛だった。


「ちび、か……?」


 返事はない。


 ああ、でもわかる。

 これはちびだ。


 ただでさえ重いのに俺をおぶったりなんかして、階段を踏み抜いたりしないだろうな?


 一人口角を上げると、大きな手がポンポンと頭を優しく叩いた。


 そしてまた俺は、意識を手放す。

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