第185話 高速移動

 獣は三種類だ。二足歩行、四足歩行、四足の跳ねるやつ。

 どれも硬い鱗や皮膚をもち、互いに相手を獲物とは認識していないようだった。


 そりゃそうだ。

 食う側と食われる側がこんな狭いところに一緒にいたら、その場で食事が始まってしまう。


 事実、何匹かのルシュが、かじられ踏みにじられて、地面に落ちていた。

 

 無関心同士のこいつらがここに集まっているのは……俺の後を追いかけて来たんだろう。

 で、赤と桃が続き、俺の追跡を諦めたこの集団に遭遇、二人を追いかけてきた別の集団がそこに追いついた、と。


 ソフィの足が速くてよかった。


「ノトさん、早く……」

「頼むっす!」


 俺はお前らを助けに来たんじゃねぇよ。


 そう突っ込みを入れようと吸った息は、言葉になることはなかった。

 跳ねるやつ――ヤムーが三体同時に動いたからだ。


 俺の上半身ほどの大きさのそいつらは、大人の三倍はあるというその体重をものともせず、たたんだ長い後ろ足を伸ばしてそれぞれ上、右、左に跳んだ。


 しかし狭い洞窟の中である。


 まばたきよりも速く壁に到達。


 その一瞬で、ヤムーは各々おのおの体を回転させ、ペタッと壁に脚をつけていた。


 何度見ても驚嘆に値する。

 頭から激突するに違いないのに。


 跳んでいる時間も短ければ、跳んだ距離も短い。

 俺との間にはまだずいぶん距離がある。


 どうやって間合いを詰めようかと考えていると、向こうがまた跳んだ。

 またも一瞬の跳躍だったが、着地したかと思えば、間髪入れずにさらに跳んだ。


 それが連続して行われると、洞窟内を高速で縦横無尽に跳び回ることになる。

 しかも三体は協調しているかのように、前後になりながらぶつかることなく確実に距離を詰めてきた。

 

 あの重量がこの速度で三方向から体当たりをかましてきたら、骨折くらいでは済まないかもしれない。


 障壁の魔法陣があれば簡単なのに――。


 いいや、ないものねだりをしても仕方がない。


 初めて相対あいたいするわけでもないし、魔法陣なしでも戦ってきた獣だ。

 今回も普段通りにやればいい。

 幸いなのは、ヤムーの動きが激しすぎて、その向こうにいる獣たちがこちらに近づいて来られないでいる。


 ポケットをまさぐって木の実をまた一つ。

 口内に広がる冷たさが、集中をうながしていく。


 剣を中段に構えて攻防のどちらもとれるようにし、個々の動きを追うのをやめ、視界全体でとらえるように、集中点を拡大する。


 いよいよ距離が縮まり、相手の間合いに入る瞬間。

 体をかがめた俺は、逆に一歩近づいた。


 頭上を通り過ぎ、わき腹の横をすり抜けるヤムー。


 もう一体は、目の前に着地している。

 それはすなわち、次の跳躍が始まっていることを意味していた。


 その事実を認識するよりも早く、俺は、予想ドンピシャの位置に来たヤムーの胴体と曲がった後ろ脚の間に切っ先を滑りこませた。


 一見いっけんそこは他の場所と同様、硬い鱗に守られているかのようだが、強力な跳躍を実現するために、柔らかい皮膚が露出しているのだ。


 片脚を切り落とされたヤムーは、もう一方の後ろ脚のみで跳ぶ羽目になり、バランスを崩して頭から洞窟の壁に突っ込むと、ぐしゃりと骨の折れる音がした。

 切り落ちた片脚も、直前の脳からの命令に忠実に従ってびよんと跳ねた。


 振り向く間もなく、俺を通り過ぎていったヤムーのうちの一体が、背中に体当たりしてきた。


「っ!」


 衝撃でった俺のわき腹に、さらにもう一体が頭突きをかました。


 バランスを崩していたのもあり、俺は飛ばされて、反対側の壁のちょうど岩が出っ張っていたところに、腰をぶつけた。


「ってぇっ!」


 骨が何本か折れたかもしれない。

 普通なら動けない怪我だ。


 だが、その痛みを意識から切り離し、崩れ落ちそうになる体を叱咤しったして下から頭を狙って跳んだヤムーをかわし、伸び切った両膝を切断した。


 衝撃を吸収するはずの両脚を失い、脚から天井へ着地しようとしたヤムーは、勢いを殺せずに激突、落下。動かなくなった。


 残る一体は、二体が沈黙したことに警戒しているのか、斜め上の壁面にへばりついたまま動こうとしない。


 そいつに気を取られていて、二足歩行の獣――クーガンが近づいているのに気付くのが遅れた。


 クーガンは背後から俺の首に長い腕を絡みつかせた。


「ぅえっ」


 窒息させるというよりは、そのまま首を潰してしまおうという力だ。

 剣を取り落とし、両手をかけて引きはがそうとするが、尋常じゃない力の前には歯が立たない。


 ギャッギャギャとクーガンが鳴いた。


 ぴくっ。


 その時突然湧きおこった衝動に任せ、さらに苦しくなることを覚悟で、俺は体を半回転させた。

 当然背中にいるクーガンの位置も反対側になる。


 そこへ、タイミングよく――いや、俺の勘通りに、正対していたヤムーが体当たりしてきた。

 だが反転しているため、ぶつかったのはクーガンの背中。

 

 クーガン越しに伝わる衝撃で、痛めたわき腹が悲鳴を上げるが、無視。

 緩んだクーガンの腕を解いて背負い投げた。


 深くかがみこんで剣を拾えば、予想通り頭上をヤムーが跳んでいく。


 倒れているクーガンの喉を一突きしてから、着地したヤムーの頭をつかみ上げ、露出した腹に剣を刺した。

 先端が背中の硬い鱗の内側にぶつかったところで引き抜いた。

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