第184話 逆走

「せ、せんせ……ちょ……待ってくだ……きゃっ」


 自分より一回り大きな四足歩行のぬめっとした獣の首を落とし、気まぐれに悲鳴の主を見れば、薄紫色のローブを身にまとった金髪の少女が、蛇型の獣――ルシュとやり合っているところだった。


 前から飛びかかってきた一匹をメイスで叩き落とし、横の壁から飛び移ろうとした一匹をバックステップでかわす。


「いやぁぁっ!」


 しかし、足元にいたもう一匹にまでは気が回らず、ルシュはしゅるりと片足を螺旋らせん状にい上った。


「痛っ」


 メイスを落とし、両手でふとももの周りを探ってルシュをつかみとった少女は、そいつの尾をつかんで振り回し、ビタンと壁に打ち付けた。

 ルシュの頭が割れ、べちゃりと血が岩壁に広がった。


「はあ……はあ……せ、せんせぃ……」


 少女は、俺に向かって手を伸ばすと、膝から崩れ落ちた。

 結んだ金髪が地面に広がり、壁のあかりをうけてきらめいた。


 俺は興味を失い、前方へと視線を向――


「っ!」


 だから俺は何をやっているんだ!

 あれはソフィだろ!

 なんで見過ごそうとしてるんだよ!


 両手で両頬を打ちえ、頭にかかっていたもやっとした黒い霧のようなものを払いのける。


「ソフィ!」

「せん……せ……」


 駆け寄れば、ソフィはうっすらと目を開けた。


 確かめなくてもわかる。ルシュの毒だ。

 強力な麻痺まひ毒ではあるが、動かなくなるのは手足と口周りだけで、命にかかわるようなものではない。


 だけど――俺があのまま去れば、他の獣に襲われて終わりだった。


 かまれたあとを探せば、案の定、太股の内側だった。特徴ある三つの穴が開いていて、出血がない。

 這い上がってきたときにかまれたんだろう。


 俺はソフィの両足をぐっと開き、一瞬躊躇ちゅうちょしてから、やわらかなふとももに舌をわせた。

 傷口で固まっている血を唾液で溶かしてから、中の血を吸い上げる。


「んん……」


 ソフィが苦痛の声を漏らすが、吸えるだけ吸いきり、一度吐き出した後、再度口で吸った。


 あとは……。


 ソフィが振り回し、壁に張り付いたままのルシュを引きはがし、尻尾の先をかじりとる。

 強い酸味が口中に広がるが、我慢して咀嚼そしゃくする。


 ペースト状になったそれを吐き出して、ソフィの傷口に塗りつけた。

 上から包帯を巻いて固定する。


 ぐったりとしたソフィの両手首を縛り、それを首にかけるようにして背負う。


 さて――


 奥に向かう道と戻る道を見比べ、よいしょっとソフィを背負い直す。


「戻るしかないな」




 できるだけ戦闘にならないように、攻撃をかいくぐって入り口の方へと急いでいたら、大きく曲がった先の狭い通路に、獣がごちゃっと詰まっていた。


「ノトさん、何で戻って……!?」

「助けにきてくれたっすね!」

  

 大小様々な獣の向こうに見えたのは、桃色の頭頂部と、赤色の前髪。


 どうやら、前後を獣に挟まれて立ち往生しているようだ。

 道が蛇行しているせいで獣がたむろしているのに気がつかずに近づき、対応している間に後ろからもやってきた、といったところだろう。


 しかも、聞こえてくる詠唱が小規模の魔術のものであることから察するに、接近されすぎて大技が使えないと見た。


 これだから協会の職員は。


 どうせ、近距離攻撃は魔術師の仕事じゃないとか言うんだろう。


「ノトさん、剣士の出番っすよ!」


 ほらな。


 俺の接近に気がついた二足歩行の獣が、こちらを振り向いて、ギャギャッと笑った。


 何て名前だったかなと思いながら、向かってくる獣の頭をめがけて、地面に着けていたメイスを振るっ!


 笑い声のせいか、気配のせいか、飛び散った血の匂いのせいか、はたまたその全部なのか、魔術師の方を向いていた獣たちが、一斉にこっちを見た。


 うわ。めんどくせぇ。


「せんせ、もう……」


 メイスを握り直したところで、背中でソフィが降ろせと言う。

 

 ソフィはぐったりと俺に全身を預けていて、とても手足が動かせるようには思えなかった。

 だが、重くはなくとも、だらりと力の抜けた体を背負って立ち回りを演じるのもよろしくない。


 敵は様子見をしていて、すぐには襲いかかってこないと踏んで、メイスを離して腰からナイフを引き抜く。

 前かがみになってソフィをしっかりと背負い、手首の拘束をナイフで解く。

 ずるっと滑り落ちそうになったのを支えて、壁際に寝かせた。


「せん……」


 ソフィが警告するのと同時に、手元のメイスをつかんで立ち上がりつつ振り回す。


 攻撃は飛びかかってきていた獣にヒットし、そいつは後ろの獣の群へと吹っ飛んでいった。


 その衝撃で、まだあちらを向いて魔術師を狙っていた獣たちまでもが、こちらに顔を向けた。


 頭に洞窟ここの地図を浮かべる。


 回り道は何本かあるが、大きな空間が多い。そこが手つかずであることを考えると、ここにいたほうが手間が少ないだろう。


 地面に寝転がるソフィを見ると、顔にかかった髪の間から、不安そうな目がのぞいていた。


 今度こそ本当にメイスを手放し、剣を抜く。


 木の実を一つ口に放り込み、カリッとかみ砕いた。

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