第183話 地下洞窟

「これはこれはノト殿。お着きで」


 いつもよりもずいぶん遅くに協会に着くと、協会幹部の一人であるナターシャが、嫌みたっぷりに言ってきた。

 オレンジ色の髪を後頭部でまとめているのが、長身によく似合う。


「それほどでもないさ」


 肩をすくめて返すと、ナターシャの作り笑いがひきつった。


「今朝はずいぶんお元気そうで。いつもの濁りきった目ではないのですね。早く出発したいとおっしゃるあなたのために、朝早くから部下を待機させておいた甲斐かいがありましたわ」


 ナターシャが後ろにひかえていた二人を前へと押し出す。


 協会のローブをまとった魔術師二人。

 一人は赤色の男で、もう一人は桃色の女だった。


「この前の奴らは?」


 前は確か……いや、全く覚えていないが、赤とピンクではなかったはずだ。


「あなたが潰してくれたので、休養中です」

「潰し……? 俺が?」


 何かしたんだったか?


 思い返しても、素材を採りに行ったということしか覚えていない。

 

「じ、自覚がおありにならないとは、おそれいりました。毎度毎度無茶をさせられるせいで部下を何人も病院送りにされ、こちらはひどい人手不足になっているというのに」


 無茶……ねぇ。


 足手まといがついてきていたような気もするが、記憶が曖昧だ。


 ただ、二人の魔術師のかたい表情を見るに、俺はよっぽどひどいことをしていたようだ。


「それで、後ろのお嬢さんは、どなたなのかしら? どうして顔を隠しているの?」


 ナターシャが、俺の背に隠れるように立っていたソフィに目をとめた。


 顔バレはまずいと言うソフィのために、深いフードのついた薄紫色のローブを買ってやった。今はそのフードをかぶっている。


「俺の弟子だ」

「弟子! あなたに弟子! そんな妄言を信じるとでも?」

「信じなくても構わない。とにかくこいつも連れて行く。無駄口を叩いている暇はないんだ。行くぞ」


 ナターシャは、珍しく話に乗ってきたのはそっちだとか、お嬢さんがかわいそうだとか、遅れてきたのが悪いだとか、とにかく生きて帰ってくるようにだとか、ぶつくさ言っていたが、俺はそれに見切りをつけて、協会を後にした。


「せ、先生、いいんですの?」


 後ろを振り返り振り返り、ソフィが戸惑いの声を上げる。


「必要ならついてくるだろ」


 そう言った俺の背後から、パタパタと二人分の足音が追いかけてきた。




 協会の馬車で向かったのは、王都から少し離れた所にある、ルノー洞窟だ。

 森の中、地面にぽっかりと開いた穴から、地中へと下り坂が伸びている。


 入口の周りには、食べ物や回復薬などを売っている出店や回復屋、協会の出張所なんかが並んでいて、流れ者や協会職員、市民らしき人たちがたむろしていた。


 地下洞窟に入る前に、等級のチェックがある。協会の認定を受けていない流れ者はそれなりにいるし、所詮自己責任だから形式的なものだ。

 とはいえ、審査官が適した等級を提示している以上、満たしていなければしつこい説得をうける。諦めるまで離しませんよ、というやつだ。

 形式的なものだとうたってはいても、実質は制限されている。


 途中までは中級、奥は上級のルノー洞窟では、無印の俺やソフィはまず通してもらえない。


 しかし協会職員が同行していれば話は別だ。

 チェックを受けることなく中に入れる。


 洞窟の内部は広く、有用な素材や美味な食材がとれるとあって、王都から日帰りができるかできないかの距離にあるにも関わらず、潜るやつは多い。


 そのため、入り口の下り坂は階段が整備されていて、付近の壁面にはぽつりぽつりとあかりがついていて、地上の光が全く入らなくても、最低限の視界が確保できるようになっている。

 また、光を嫌う獣は奥へと下がるため、灯りには浅い部分の安全性を高める効果もあった。


 階段の下まで降りきった所で一度足を止めた。


 懐から薄緑色の木の実を取り出して、二、三個口に放り込む。

 み砕くと、口の中がひんやりとした。


 剣を抜き、目を閉じて集中。

 眠りに落ちる前のように意識があやふやになり、感覚だけが鋭敏に研ぎ澄まされていく。


 息を吐きながら目を開けた。


「ついてこられない奴は置いていく」


 タンッと地を蹴り、駆け出した。


 目指すは最奥。

 天井の隙間から落ちる光の下に咲く、涙色の小さな花――リリッシュの根を手に入れることが今回の目的だ。




 雑魚を相手にしているパーティの横をすり抜け、向かってきた大型の獣を切り崩し、とどめを刺さずに捨て置く。


 亀裂の上に渡された板を通るのはまどろっこしく、直接跳び越えた。


 複数で襲ってきた敵は、まず一体を切り伏せる。

 それで諦めればよし、そうでなければ全て斬るだけだ。


 剣は血に濡れ、つばまで流れ落ちてきている。

 刀身の血は剣を振れば払えるが、握りの部分はそうはいかない。

 王都についてから調達したこの剣は、しかしよい出来で、どんなに血が垂れてきても手が滑ることはなかった。


 足を噛まれ、腕をひっかかれ、背中に飛びつかれて膝を打ち、傷が蓄積していったが、そんなことには頓着とんちゃくしない。


 前へ前へと衝動に任せて突き進んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます