第二章 成果

第182話 赤面

「お待たせしました!」


 朝食の温かさを言葉通り噛みしめていると、ソフィが寝室から飛び出して来た。

 

 白いレースのノースリーブブラウスと水色のミニスカート。足には白いニーソックスを履き、それを吊っているのは紺色のガーターベルト。

 金色の髪は横で二つ結んだツインテール。


 久しぶりに見る、いつもの服装だ。


 ソフィは、俺がフォークを口に入れたところを見て、


「あ! スープ!!」

「火は消しておいた」

「先生がそんなこと……すみませんっ! ありがとうございます!」


 そんなことって。

 そこまで何もしない奴だと思われている事実に、軽くショックを受ける。

 

「飯は食ったのか?」

「いえ、まだです」

「じゃあ早く食え。待ってるから」

「そんな、先生をお待たせするだなんて!」

「食わないなら連れて行かない」

「頂きます!」


 ソフィは自分の分のスープを鍋からよそい、下準備をしていたおかずを手早く調理した。


「あら? トビさんは?」

「先に出かけた」

「ご飯も食べずに? 珍しいですわね。……いただきます」


 ソフィは食事をテーブルに並べ、向かいに座って食べ始めた。


 朝食とは思えないほどに山盛りになっていた俺の皿に比べて、ソフィの分はごく普通の量だ。

 一食しか口にしない俺の朝食は、一日分というわけか。


 昨日までの俺は、この量が盛られていても何の疑問も持たず、ろくに味わいもせずにただ腹に詰め込むだけだった。


 ソフィは急いで食べているのに、手つきは優雅で、ガツガツしているようには見えない。

 さすがいい所のお嬢様だ。マナーが体に染みついている。

 

 釣った魚を丸ごと焼くか、狩った獣から切り出した肉を焼くかしかできなかったお嬢様が、こんなに美味くてった料理が作れるようなった。なってしまった。


 それだけのことを俺はいていたのだとわかって、そしてそれを無下にしてきたのだと思うと、後悔しかない。


 よく手入れされ、爪がぴかぴかに磨かれていた指先は、慣れない家事のせいか、油分を失ってかさかさしていた。


 俺のところに来なければ、命を危険にさらすことも、こんな苦労をすることなく、親の権力や金と、学園出身という肩書をもって、将来も安泰だったはずだ。


 師匠弟子ソフィに魔法陣についてまだほとんど教えていないのに、いまだに見限られていないことが不思議でならない。


「先生? どうしたんですか?」


 ソフィを見ながら何度目かの自己嫌悪におちいっていた俺にソフィが気づき、口に運んでいたフォークを止めた。


「ああ、いや、美味いなと思って。いい嫁になれる」


 今までのことを悔やんでいたと正直に言うのは気が引けて、誤魔化すつもりで食事の感想を言った。


 ぽとりと、ソフィのフォークから肉が落ちた。


 みるみるうちにソフィの顔が真っ赤になっていく。


「あ、ええと、あの……その……」

「どうし――」


 急に様子がおかしくなったソフィに問いかけようとして、先程の自分のセリフを思い出し、それ以上言葉を続けることができなくなった。


「いや、あれは、そ、そういう意味では、なくてだなっ!」


 確かに意味ではなかった。

 俺は対象として弟子ソフィを見ているわけではない。

 なんとなく口から出てきただけだ。


 ではなぜこんなに気恥ずかしいのか。


「わ、わかっていますわっ! だだだ大丈夫ですっ」


 ソフィがうつむいて食事を再開したのに合わせて、俺も食べることに集中することにした。


 ……今日はよく晴れているせいか、部屋の中が暑い。




「どこへ行かれるのです?」


 家を出た俺の後を、ソフィが小走りについてくる。


「協会。待ち合わせをしている」

「協会……」


 ソフィが沈んだ声を出した。

 

「どうした?」

「あの、私、やっぱり今日は……」

「どうしたと聞いている」

「王都には、知り合いが多くて……」

「だから?」

「鉢合わせすると、あの、その……」

「はっきりしろ」


 立ち止まって振り返ると、ソフィは目をそらした。


「ええと……」

「ソフィ」


 ついイラだった声を上げてしまった。


「お父様とお母様に見つかると、連れ戻されてしまうかもしれないんです!」


 こうなったら自棄やけだ、とばかりにソフィは石畳に向かって叫んだ。


「ああ……」


 そうか、こいつ勘当されて来ていたんだったか。

 勘当を食らったんなら気にしなくてもいいんじゃないかと思わなくもないが、向こうの気が変わっていれば、連れ戻される可能性も十分にある。


 このまま帰した方がソフィのためになるんじゃないかと一瞬思ったが、すがるような眼差まなざしに負けた。

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