第179話 消耗

 舞い上がりすぎて、ベッドに入っても全然眠くならなかった。


 隣のトビさんは口まで布団がかかっていて、息をするたびに、ふしゅ~ふしゅ~と静かな音をたてていた。


 体の向きを変え、布団の中でそっとトビさんの体に触れる。


 温かい。


 そう思ったとき、びくっとトビさんが飛び上がった。


「ごめんなさいっ」


 起こしてしまったかと謝ったら、トビさんは私には目もくれず、一度きょろきょろっとしたあと、ドアに向かって布団を飛び出した。


「どうし――」


 何事かと問いただそうとしたら、部屋の外から叫び声が聞こえた。


 先生!?


 トビさんに続いて先生の寝室に飛び込むと、暗闇の中、先生が腕をやみくもに振り回しているのが見えた。


「やめろっ! ……やめてくれ!」

「先生、どうしたんですの!?」

「頼むっ、もうやめてくれっ! 無理だ! これ以上は……!」

「先生っ!」


 トビさんが先生の手に飛びついたが、先生の腕は止まらない。


 私も暴れる先生を押さえつけようとしたけど、ものすごい力で抵抗された。


「もうできない……やめてくれ……っ!」


 先生の目は閉じられたまま。


 うなされているんだわ。


 振り飛ばされたトビさんが、壁にぶつかった。


「きゃっ」


 私も突き飛ばされて、床に倒れた。


「やめろ! 頼むからっ」


 起き上がったトビさんが、先生の上に馬乗りになった。

 暴れる手を両手でつかみ、ベッドに押さえつけた。


 私は、トビさんを押しのけようとする足を押さえにかかった。


「先生っ、しっかりしてくださいませ! 先生! ……いたっ」


 目一杯力を入れても手だけでは振りほどかれてしまう。


 トビさんと背中合わせに先生の上に乗った。 

 体重で太ももを、手で足首を押さえる。

 膝であごを蹴られても、舌を噛まないように歯を食いしばって耐えた。


 トビさんが裸だとか、そういうのはどうでもよかった。

 無我夢中だった。

 とにかく押さえていないと、先生が壊れてしまうような気がした。

 

「できない……頼む……やめて……」


 やがて声と動きが小さくなっていき、最後には寝息しか聞こえなくなった。

 力を緩めてみても暴れたりしない。

 

 詰めていた息を、二人で大きく吐いた。

 

 先生の上からゆっくりと降りる。


 顔をのぞきこめば、汗で髪がひたいに張りついていた。

 さっきまで暴れていたとは思えない、穏やかな寝顔だ。


 トビさんに、「汗を拭いて差し上げたほうがよろしいかしら」と小声で聞くと、ぐっすり寝てるからほっとこう、と返ってきたので、はだけた布団を直し、そっと部屋から出た。

 

 ベッドに戻ると、トビさんはすぐに眠ってしまい、私はまた一人で取り残された。

 先生の叫び声が耳から離れなかった。

 

 

 

 次の日、先生は体調がよくなったようで、いつも通りにご飯を食べ、いつも通りに出かけて行った。いつも通りに黙ったまま。


 夜もいつも通りに帰ってきて、いつも通りに寝て、いつも通りに朝起きてきた。

 

 それが四日続いた後、いつもよりずっと早く帰ってきた先生は、またも消耗しきっていた。

 意識こそ失わないものの、玄関先で倒れたまま、指一本動かせない有様ありさまだった。


 トビさんがまだ帰ってきていなかったので、私が先生を肩にかついで寝室まで運んだ。

 身長が足りなくて足を引きずってしまい、ずいぶん時間がかかった。


 先生はすごく冷たかった。


 このままだと風邪をひいてしまいますわ。


 汗だくの服を脱がしにかかる。

 先生の協力があるので、まだ楽にできた。


 水で濡らしたタオルで汗を軽く拭いて、布団をかけると、先生は意識を失うようにして、すぐに眠ってしまった。


 体に目立った傷はなかった。


 一体、先生は何をしているのかしら。


 しばらくしてトビさんが帰ってきた。

 先生がいると知って驚いた顔をしていたけど、それ以上は何も言わなかった。


 先生は部屋にこもったまま出てこなくて、先生のために作った夕食は食べてもらえなかった。


 夜、今度は心配で眠れずうつらうつらしていた私は、またも飛び上がったトビさんに驚いて跳ね起きた。

 遅れて聞こえてくる先生の悲鳴。


 数日前と同じように、私とトビさんで押さえつけた。



 それから、同様のことが何度も何度も起こった。

 先生が早く帰ってくると、玄関で動けなくなり、夜中にうなされる。


 トビさんはそれに備えて毎日早く帰るようになり、そういう日は二人で夜中まで起きていた。

 先生は、夜のことを全く覚えていないらしかった。


 間隔が四日に一度から三日に一度、二日に一度と徐々に短くなっていき、先生はみるみるうちにせていった。やつれていったと言ってもいい。


 トビさんは、毎日ハラリコやその他の薬草を採ってきてくれる。

 そのせいで昼間狩りをする時間があまりとれないようで、夕食をたくさん食べるようになった。


 私は先生が夕食も食べられるように、薬草をたくさん入れた料理をたくさん作るようにしたけど、夕食はあの日以来一度も食べてもらえず、さらに朝食を口にする量が減っていった。



 先生がついに一口も食べなかったある朝、私は我慢の限界を迎えた。


「先生! 行かないでくださいませ! このままでは死んでしまいます!」


 玄関のドアの前に、立ちふさがったのだ。  


 

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